その男が言い出した妙なことを、ただ聞いてやるしか思い浮かばなかった。
 出会ってからこれだけの年月を、たとえ四六時中一緒にいたわけではなくとも共有する間柄となれば、互いの思考をある程度推し量ることは案外と容易いことだ。
 彼らは思考すること自体にすら意味を見出し、そこからさらなる人智の発展を見出す職、性に就いている。ましてそれが傍目から見て―――あくまでも傍目からの観点であって、当事者の主観ではないのだが―――片一方の多大なる懸想という天秤があいだにあったとしても。であるからなおさらに。
 そういった事柄を省みても、彼のこの行動は納得がいかない。









 ………なぜ、この男はしゃがみこんでいるのだろう?












 天気のいい空の、公園に連れ出されてみれば、いきなり自分の横にしゃがみこむ男。
 これは体のいいサボリの材料にされたかと思えば、時折真剣な黄青を見せることを考えに入れるとそうでもないらしいことがわかる。
 彼は時々、差し迫った仕事があるというのに自分を外に連れ出した。
 それは今回のように公園であったり、街のできたばかりのカフェテラスであったり、街はずれの鄙びた宿が出す素朴なティーセットのためであったり、種々様々であったが。
 一貫して言えることは、彼がそれをするときは、彼のためではなく他人のためであるということ。
 例えば賢者の石発見に行き詰った自分のためであったり、自分がそうと感じていなくてもそれを気遣う弟のためであったり。また、軍が建前であれ掲げている市民のためであったり。多少なりともそれは書類仕事に追われる彼の気分転換の役目も持っていただろうが、その多大の部分は彼のためではなく他者の利益のために費やされていたといえる。だからこそ、彼を理解する数名の腹心の部下たちは、彼についていくことを真剣に考えているのだ。
 それが今日にいたっては、差し迫った仕事はあるものの誰かを気に留めたような行動ではなく。
 連れ出された先は多少大きな街にはよくある公園で、特筆すべきこともない。別にここで何か新たな発見がされたとか、いきなりここで実験を始めるとかいった試みでもない。立てと言われた場所に好奇心から立ってみれば、わずかに目を眇めた後にへらりと笑う。

「ふむ、意外と違うものだね」

 唐突に言い出した言葉は、何を差しているのか。
 彼はしゃがみこんだ体勢から、何を考えたかそのまま空へと腕を突き出した。










 まっすぐに伸ばされた指先を追って空を見上げれば、そこには彼が纏う軍服よりも青く、透明な蒼。










「ここから見上げると、世界が違って見えるな」

視点が違うから見える世界が違うと、こんな何もないときに言うのは、きっとなにかしら別の意味があるのだろう。
……距離が違うと言うのなら、近づけばいいだけの話なのに。
この男ときたら、まだそんな初歩的なことを覚えようとしない。

「大佐」

ちょいちょいと指先で呼べば、疑問も持たずに腰を折り顔を寄せてくる男を、ほんの少しくらいは可愛いと思う。なんだかひどく好かれている気がして恥ずかしさはあるけれど。
ちょっと近い話をする距離を、ナイショ話の距離にするために自分も踵をあげて。
頬に秘密を打ち明ける。

「……エディ」

頬を押さえ、困ったように見つめてくる男は、きっとこんな事態を予想していなかっただろう。そう思うと、困り顔もちょっと笑える。こんな風に笑えるのは、困りながらも目元を少しだけ紅くしているせいで。

「エディ」

寄せられた唇をかわして、ぴしりと情けない顔をした男を指差した。

「高さの問題だってんなら、大人しく待ってやがれ! 俺はそのうちアンタを追い越すほどバカでっかくなってやる予定だ!」

「……私はただ待ってなければいけないのかい?」

「別に? それ以上でかくなってもいいし、そのまんまでもいい。でも俺はぜーったい、アンタを追い越す!」

確実に果たされる予定だと主張する彼に、男はこちらの心臓が跳ね上がるほど、嬉しそうに笑った。










含ませた意味なんてどうでもいい。
男を追い越すための努力は惜しまない。
それがきっと、世界が近づいて、交わるための答え。










 大門さまが見たいと言ってくださったので
 ひい様からいただけました♪

 最近はヒューロイばっかですが、ロイエドも
 好きですよぉ〜私
 ネタはあるんだけど消化不良かも・・・
      
          2004.11.01 ray



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