深海の、姿の見えない魚影。
誰も手出しできない、水底。
 時折こぽりと浮かぶ水泡だけが、何かあると教えてくれる。









「ひっでーなぁ! きっちり祝えよ、きっちり!」

「何を言う。貴様にはめでたいと言っただろう? 未来の花嫁にお気の毒にと伝えただけだ!」

「そ・れ・のっ、どーこーがー祝ってるってんだ、コラァ!?」

 いつも連れていかれるような場所でなく、賑やかさの種類の違う場所。家族や恋人が笑う場所というより、どちらかと言えば仕事を終えた男たちが、その日の労苦を笑ってやり過ごすような場所。
 きちりと作った服の肩に混ざる、滑らかなブラウスの肩がひどく異質に見えるような。
 珍しいことだと思う。
 心底ほれ込んでいるのだと、言葉にも行動の端々にも滲ませた男が、こういった、自分に違和感を覚えさせるような真似をすることが。
 反面、目の前の男たちはこの場所に馴染んでいる。違和感というほどではないが、向こうで騒ぐ集団とは何か違うと思わせるのは、やはりその職位と経験によるものだろうか。
 違和感といえば自分の服が気にならないくらい、隣の男から感じていた。
 隣の男は未来の夫。近いうちに挙式をする相手。自分に優しく明るく接してくれる男。
 大きな口を開けて屈託なく笑う姿は、いつもと同じように見える気がする。
笑うたびにずれる眼鏡を直し、そしてまた笑う。自分で笑って、人も笑わせようとする。
 きらりきらりと眼鏡に照明が反射した。
 座った高さより少し上に設置された照明の色は白く、笑うたびに眼鏡がうごいて光が反射する。異質な光に邪魔されて、眼鏡の奥がどんな光をしているのか見えない。
 愛しているよと言われたときも、結婚してくれと言われたときも、その眼の光に頷いたのだけれど。
 今日は見えない。
 光の向こうに座る男のせいで。
 オメデトウ、と言った。
 オシアワセニ、とも。
 そして、コンナオトコトケッコンスルトワアナタモツイテイナイ、カンガエナオシマセンカ?
 こんな男?
 オトモダチを前に私を忘れる酷い男ということ?
 ろくでもないということ?
 それとも、私のものにはなってくれない男だということ?
 私のものにはなってくれない男は、貴方のものだとでも言うの?










 初めて会ったとき、にこりと笑って求められた握手に応じたけれど、今はできるかどうかわからない。娘を生んでみたけれど、それで完璧だとはどうしても思えないから。
 あの日、あの人が目の前にいた時、光に邪魔されて見えなかった眼鏡の奥は、一度も私を見なかった。いくら頭を使う部署に勤めて、誰より狡賢かったとしても、女の狡さには敵わない。
 視線はあの人を向いていた。
 あの人はそのことにも、私が気付いていることにも気付いていた。気付いて私にツイテナイと言った。
 小さな小さな、気付かないくらいの言葉と視線の降り積もり。手にすくえば透明なくせに、積もれば碧に隠れて見えなくなる水みたいに。どうやって息をしたらいいのかわからないから、貴方たちみたいに水底に潜れない。ちょっとだけ姿が見えるようなつもりで、興味なさそうなふりで覗くだけ。
 ねえ、貴方が一番賢くないの。ガラス一枚で隠したつもりで失敗してる。
 でも大丈夫。多少鈍いほうが世の中渡りやすいわよ?
 だって貴方が敵がいっぱいいると言ったあの人は、気付いた私にも、失敗している貴方にも気付いているんだもの。











 一生気付かないでいて。
 私が入り込めないことに。











 私が敵わないくらい、貴方があの人に夢中だということに。


10000ヒットのお祝いにいただきました。
ひい様、いつもありがとうございます。

それにしてもグレイシアさんサイドからのお話って、始めて読んだかも。

グレイシアさんってスゴい女性だったんですねぇ……
女性って怖いのかも……(^^;)
いや、違うか、
でも大佐まっとうでカッコよかったかも……♪
                     2004.5.31 ray