困った……と、ちょっと眉を下げた。
きっとこの人からは真っ赤になった耳と、首が見えるだろうけど、でもそれでも顔を見られるよりかは、ずっと良かった。
こんな、嬉しくてどうしたらいいのか困ってる顔なんて、見せてやらなくていい。
顔が見えないのは困るね、なんて……あんたもちょっとは困ればいーんだ。
少しは、この夢みたいな展開に困ってる俺の身になってみやがれ。
「鋼の。執務室にきなさい」
おいでと招かれる手に従って、素直に大佐のあとについて執務室に入った。
軍か、それとも錬金術についての話なのか、それとも軍関係者以外閲覧禁止の文献でも手に入ったのか。部屋に招かれたのは俺だけで、アルは中尉たちと一緒にいると手を振ってくれた。
部屋に入ってすぐに目に入るのは、中央に移動したらさらに大きくなった机と、その上に載ってるやっぱり移動したら増えた書類の山(この人、これだけ仕事していつ休むんだろうな?)。机の後ろの、東部のよりも眺めの良くないおっきな窓。ちょっと豪華になった応接セット兼たぶん休憩用のソファ。
それから、やっぱりこの日ならではのダンボール。中身はもちろん、チョコレート+α。
大佐人気は中央でもそのまんまですか、そうですか。むしろ増えてそうですね?
気のせいだと思うけど、室内の空気に甘い匂いがついている気がする。
「……で? わざわざ呼び出して何の用?」
あまり目に入れたくなかったのに、ここの来て大量に見てしまって、かなり、気分ワルイ。
「まあ、とりあえず座りたまえ。お茶でもいれよう」
俺の苛立ちに気付いているのかいないのか、にこりと笑ってソファに座るように勧めてくるから、腹立ち紛れにどっかり座ってやった。
勢いよく座ってやったのに、埋もれるわけでもなく、跳ね返すでもなく、やんわりと押し返してくるソファはやっぱり東部のものより上物で、なんだか腹がたってくる。手近にあったクッションをがっしり掴んで、ぎゅうっと抱きしめてちょっとストレス解消……するつもりが、クッションまで上物だと判明して力が抜けそうになった。ああでも、抱き枕にはちょうどいい固さかも。
ぎゅうぎゅう抱きしめて、ぽすぽす叩いて。柔かい毛足のクッション・カバーに顔を埋めてみたら、ほのかに大佐のコロンと同じ香りがして。軍の応接セットにクッションなんて必要ないから、これって大佐の休憩用なんだな〜。そうやって呆けていたら、ふいに自分のとっている行動に思い当たって、手にしていたクッションを投げ出した。うわ、恥ずかしい。
大佐はといえば、お茶をいれるといったくせにまだ立ち去らないで、クッションに八つ当たってる俺を面白そうに見物していた。
くそう、やっぱ見られてた。
「……何がおかしいんだよ?」
くすくす笑う姿が余計に子供扱いな気にさせて、むかつく。
「自覚がないのならいいけどね?」
子供の反応だと言いたいわけか?
そう思って睨みつけた俺の頭に、ぽすっと大きな手を載せて撫ぜていく仕草に、目の前が真っ白になりそうだった。
こんなことされたこと、ない。
その手がいつもの手袋をはめていないことに気付いたのは、瞬きを5〜6回、呼吸を2つおいてからだ。
誰だ、これは。
なんだ、これは。
俺の知ってる大佐は、こんなことしたことない。
もしかして、この大佐って偽者?
「君の好みのミルク・ティーの割合は7:3だったね? 7がミルクで3がティーだったかな?」
前言撤回。
ホンモノだ。
「逆だ、逆っ! ティーが7で、ミルクが3! それ以上多くしたら飲まねえっ!」
「おや、せっかく私がいれたお茶を飲んでもらえないのは哀しいな。しようがない、ティーを7にしておこうか」
ギャンギャン文句言ってる俺に、大佐はそれでもなんだか楽しそうにお茶の用意をしている。
あー、なんかのシャレかと思ったら、マジでお茶の用意してるよ、この人。
上司が部下のためにお茶を用意するなんて、軍なんてお堅いところじゃ有り得ない話だけど、この妙に軍人らしくないところがある上司は、部下のために本気でお茶をいれてくれる気らしい。中尉がここにいれば用意してくれたんだろうけど、中尉はいないし。大佐が自分でお茶をいれること自体、俺の見てる分にはないことだし、せっかくだから有り難くいただくことにしとこうか。
そう思って、サーブされたお茶を取ろうとテーブルに手をのばして……気付いた。
なんでこの人、俺の隣に座ってんの?
ふいに撓んだ、お茶をとろうとした動作以外のソファの傾きに、不審に思って横を見れば。
なぜかカップ片手に寛いだ、大佐が。
ちょっと待て。
待ってくれ?
俺の記憶が正しければ、あんたが俺の隣に座ったことなんて一度もなく、なんでか食事を一緒に摂ったときもテーブル挟んで真向かいで。
なんかそこのポジション、間違ってない?
「大丈夫だよ? 心配しなくても、ちゃんと君好みの味にしているよ」
攣り気味の(たぶん世の中では『切れ長』って言う?)目尻を、やわらかく下げながら言った言葉は、俺の思っていることとは違う。
違うけど、俺はそんな風に笑う大佐を見たことがなくて。
誤魔化しがきかないほど、ぼうっと見惚れてしまっていて。
「鋼の?」
不思議そうな声に自分が何をしようとしていたのかを思い出して、慌てて手に取ったカップを口につけた。もう火傷する心配のないくらいには冷めていて、猫舌でもない俺が誤魔化すには大分苦しい。
大佐がいれてくれた紅茶は、俺が許容できるギリギリのミルクの甘さがしていて、中尉がいれてくれたお茶に十分対抗できる味がする。
……っていうか、なんでこの人、俺のお茶の好み知ってんの?
「……うまい」
この上司が意外と構いたがりで構われたがりだと知っている俺は、じーっと見つめてくる視線に感想を言えば、当然という顔をするだろうと思った予想が外れて、にこりと、さっきよりも笑み崩れた。
「中尉に教わった甲斐があったかな」
「…………っ!!!!」
なんなんだ、今日は。
なんなんだ、この人。
さっきから反則ばかり繰り出して、俺の寿命を縮めようとしてる。やっぱりこの人、偽者なんじゃねえ?
危険だ。
この人、なにか企んでる笑みを浮かべるより、こっちのほうが危険だ。なんか企んでてくれたほうが、なんとなく考えが読める分楽だってことに、なんで考えつかないんだ上層部。
「……で、なんだよ?」
「ん?」
「俺を呼び出したのはなんの用なんだって聞いてるの!」
そう。当初はその話だったはずだ。
それをはぐらかされ、驚かされ、ここまできたけど、ここはもう一気に用件を聞いて応えて帰るに限る。
すぐさまここから、どこか大佐を目にしなくてもいいところへ行かないと、なんだか全ての調子が狂ってしまうような気しかしない。俺の本意はそんなことじゃないはずだ。願望と、しなくちゃならないことは違うものなんだから。
「ああ。君に渡したいものがあってね」
こっちの気も知らず、大佐は立ち上がって机に近寄ると、胸ポケットから小さな鍵を出して一番上の引き出しの鍵穴に差し込んだ。
よほど貴重なものか、それとも機密か。
そう想像した俺の予想をまたしても裏切って、取り出されたものは綺麗に包装された小さな箱。せっかく綺麗に包んであるのに、大佐はそれをがっしり握って、また隣に戻ってきたて、なんだろうと思う端から、せっかくの包装を大佐が自分で剥きだした。
「他の日ならともかく、今日のお裾わけならいらねーぜ?」
「そんなんじゃないよ」
子供っぽいことはわかってるけど、甘いものが好きだと態度で公言している俺に、何度か大佐は美味いと評判の店の菓子をご馳走してくれている。
今回も日付とその包装なだけに、てっきりチョコレートか何かのお裾分けだと当たりをつけたのも、またしてもあっさりと覆された。
綺麗な包装の下から現れたのも、また綺麗な布張りのケースで、俺に渡すものとしては不似合いな限りで、どう反応していいかわからなくなった。
戸惑う俺を余所に、大佐はケースを開けて無造作に中のものを摘んで、俺の耳に寄せた。
「……な……っ!?」
「あの商人、目は確かだな」
言葉の忌々しさとは裏腹な、楽しそうな口調が気にかかる。
けれどもっと気にかかるのは、耳元に寄せられた指先にあるものだ。
「君を飾るというのもいいね」
「コートの色よりも少し、深いかな。よく似合うよ」
「これの細工が仕上がるまで、ここにいておくれ」
つのられる言葉にどうしたらいいのかわからないまま、大佐の指先につままれたものを見て、もっとどうしたらいいのかわからなくなった。
反射的に避けようと跳ねた肩は、いつのまにか大きな手のひらに包まれていて、逃げ場もないのに寄せられた睫毛の先まで見えてしまって眩暈がする。
もう、呼吸もうまくできているのかわからない。俺、ちゃんと瞬きできてる?
「ど……して?」
「今日のチョコレートは意味のあるものだけど、今日以外でも意味のあるもののほうが贈り甲斐があるからね」
問いかけに、違う趣旨の応えが返ってくるのはいつものことだけど。
「なん、で?」
「理由は……今夜の食事のあとにでも」
大佐にこんなはぐらかされ方をされるのは初めてだ。
隣の、近しい場所から顔を覗き込まれて、どうしようもなく伏せた俺の目には、まだ大佐の指先にあった石が目に入った。
「君の耳を飾るには、もう少々時間が必要らしい。そのあいだ、私の家においで」
確かに宿の手配もなにもしてないし、大佐の用事とやらが長引くなら軍の宿泊施設に泊まろうと思っていたけど。
そんな誘いが降ってくるなんて思ってもみなくて。
「細工が終わって君の耳を飾るまで、5日ある。それまで君は君の望む答えを、私の中から出していればいい」
5日!?
5日も大佐の家に……一緒にいろっての!?
もう声を出すこともできなくて、ぱくぱくと開いてるしかない俺に嬉しげに笑って、指先にあった石を元のケースに戻した。
紅い、俺の求めるまだ見ぬ石によく似た、小さな石。
きっとこんな色なのだろうと、思うほど深い紅。
「私は私の望む答えしか出す気はないし、君からも聞かないけどね」
どうしようもなくて見開いた目の端に触れてきた唇にも、何も言い返すことも出来ずに俯いた。
これから5日。
どうあっても大佐のそばで、それ以外で過ごすとなるとちょっと許してもらえなさそうな5日。
そのあいだどうするとか、アルへの言い訳とか、考えつくこともできずに過ごさなけりゃいけないんだろうなと。
ちょっとだけ、眉を下げた。
出された紅茶が、実はヴァレンタイン・デー限定発売らしい、チョコレート味がするものだと気付いたのは、緊張もなにもかも、ピークを過ぎてわけがわからなくなった、いい加減にぬるくなったお茶を飲み干してからだった。
2005年度のロイ&エドバレンタインです。
今年は気合い入ってるなぁ、ひい様。
エドのキモチがわからないでもない、今年のロイはひと味違うようで・・・
このまま、がんばれ!!
5日間も監禁とは・・・いきなり大人なロイさんですワ(^O^)
つーか、犯罪スレスレかもよ・・
どうか、5日間エドに逃げられず愛想をつかされず、想いをとげられます
よーに祈っております。・
小説を見せていただいたのはもっと早かったんですが、どうしても絵を
描きたくて・・・その場でアタリはとったのですが、その後がいけませんで
した。雪まつりなんぞ見てるから風邪をひくんだわ・・・
おそくなってすみません・・・・
このイラストはひい様へ。
2005.2.11 Ray