火が、残っていた。
あの人の炎だと思うと、ひたすら先の見えない暗闇が、少し明るくなったような気がした。
「人と火の関係ってものは不思議なもんだネ。こんな暗闇のなかでも、こんなちっちゃな灯りで一息つけてル」
10センチ先さえもあやふやな漆黒のなか、手探りで得体の知れないものの正体を探るのは、とてつもなく重い負荷を心にかける。おそらく、その深遠ともいえる暗闇が、どこなのかを考えるのと同等に。
自分がいつでも前向きにと進めるのは、弟がいて、大切な人たちがいて、彼らが行く先を照らしていてくれたからだ。果て無き闇に囚われた心地でいても、彼らの示す言葉の先に、一筋の光明を見出すことができたから、前のめりにでも進んでこれた。どんなに疲れてしゃがみこみたくても、一歩踏み出せば足を引き摺ってでも進んでいたはずだ。
夜目すらあやふやなこの世界。
世界というには単純で、デタラメで、継ぎ目のない世界には指標も光も見出せず、ただ生来の負けん気と、人の身に過ぎる希求によって手足を動かすには消耗するだけの世界。
この世界の主にはたった一口分の炎は、けれど無限の閉じた世界に落とされた者にとっては一筋の、希望の光に違いなく。
「これで大佐の焔もバカにできなくなったな〜」
冗談交じりに笑って、救われているはずの多くの部分を覆い隠す。
どうせ、炎の主はこんなことになっているとは知らないのだから、強気で目隠ししておいたとしてもいいのだ。言わなければ知られることもない。
「ああ、君がなついていた軍の将校カ」
ぽんと手を打つ、おポンチ王子さえ黙らせておけばいい。
「なついてるわけじゃねえよ」
くっと口の端をあげながら言えば、すぐさま応えが返ってきてしまった。
「そうかナ。君と私の心理的な状況は大分違うと思うけどネ」
どこが違うというのか。
完全なる暗闇に見出した光を喜ぶのは当然の反応というものだろう。
真っ暗な闇に置かれるのは、考え得る状況として眠るときくらいであって、それも己の欲求に従ってことであるとすれば、否応なく闇に取り巻かれたこの状況は誰しもが避けたいものだろう。いくら狭くはない空間と言えど……いや、夢を見ていると錯覚できないほど、両手足の自由に動く感覚があったうえの、閉じ込められた暗闇は、誰であっても避けたいはずだ。
「少なくとも君は、私とは違う光を見ているようだヨ」
違う光。
光度も空気によるゆらめきも、なにもかも同じなはずなのに、彼と自分とでは違う光を見ていると、そう言うのだろうか。
「目の輝きが違ウ!」
寄せた眉根にそれが見てとれたのか、彼はそれをぴしりと指摘した。
「私は火を見て確かにほっとしたヨ。何も見えないとのでは置かれた状況に差があるからネ。でも君は違ウ」
供した鍋を暖める火を見つめる意味は、同じ状況下でも違うのだと彼は言った。
「君はこれで生き抜けると思っタ。君はこれでここで生き抜くと思っタ。君はこれだけでここから出てみせると思ったはずダ」
そう言われるほどに思っただろうか。
炎を見つける前からでも、なんとしてでもここから出てやると思っていたはずだ。
ただ、残された彼の炎に勇気付けられたのは確かだけれど。
彼よりも先に見つけられなかったことに、少々の悔いはあるけれど。
けれど、最初に見つけていたら、きっと膝から下の力が抜け落ちていただろう。
「今は君についていくとしようカ。気の大きな流れには乗るべしとは、私の国では常識だしネ」
「死んでも知らねーぞ」
「こんなところで死ぬわけにはいかないんでネ。踏み台作ってでも出て行くサ」
憎たらしい言葉を言いながら、お互いを支えるように暗闇に踏み出す。
この世界から出れば互いに求めるもの違うにしろ、今はただ前に進むのみ。
そして、燠火を残した彼に、ただ会うために。
「待ってろよ、アル!あの大食いデブに吠え面かかせてて、こっから大手振って出てやんぜ!」
「オオ、その意気やヨシ!!」
左手にたいまつ。
生身の腕にあたる炎は暖かく、3人目がそこにいるようだった。
靴鍋の前の話です。
大佐、カッコイイ!!
ひい様ありがとーーーーー! 2005.10.02
ray
オフライン用イラスト・・・2005.10.14 ray