『チョコとガムを一緒に食うとどうなるか、知ってる?』

 小さな錬金術師とその弟の訪れに、各自休憩をとることにした司令室は、その客の一言に少し盛り上がった。
 私はといえば、優秀な副官によって執務室に大量の書類つきで押し込まれている。全て終わらせるまで部屋から出るなとのお達しまでオマケで。逆らえば漏れなく銃弾までついてくる。これではどっちが上官だかわからない。
 サボったツケとはいえ、せっかく何週間かぶりにここにきた彼に会えずじまいというのは、いくらなんでもあんまりではなかろうか。
 そんな私の嘆きも余所に、彼は休憩を取ることにしたらしい部下たちと話の花を咲かせている。ドア越しに聞き取れる程度に会話が聞こえて、いっそ聞こえないほうがいいのか、それともかすかにでも彼の声が聞こえることに喜ぶべきか、少し迷うところだ。

『チョコとガム? そりゃ一緒に食ったら、面白い味に……』

『いや、味じゃなくてさ』

 味の種類にもよるだろうが、例えばミント味のガムと甘いチョコレートを一緒に口に入れると、さぞかしおかしな味になるだろう。実際やったことはないから想像するしかないが、なんとなくこんな感じといった味は想像できる。
 だが、問題は味ではないらしい。
 ハボックが煙草を吸えないときにガムで誤魔化しているが、さすがにハボックもチョコと一緒に食べたことはないらしい。そういった酔狂なことを一番していそうなキャラではあるのだが。

『固まる?』

『じゃなくて、溶けるんだよ、ガムが』

『はあ? 溶ける?』

『そ、溶けんの』

『ガムの主要成分がチョコの油脂で溶けるんですよ』

 正解を聞いて驚いた声に、エドワードのちょっと自慢そうな声と、それを補うアルフォンス君の声が聞こえる。
 ああ、私もまざりたい……が、この部屋から一歩踏み出した時点で彼の顔を見るまえに銃弾を食らうのだろうな。試す前から結果のわかっているものは、それが最悪の事態であるとわかっているだけに試してみる気にもならない。

『百聞は一見にしかずってね。ガム持ってきたからさ。今日なら大佐のところに山ほどチョコあるだろ?』

『ええ、山3つ分はあるわね』

『ちょっと貰ってくるからさ、待ってて』

 軽やかな足音がして、いつも通りにノックと同時にドアが開けられる。

「よっ、大佐! なあ、チョコちょーだい?」

 挨拶はどうしたとか、久々に会った恋人にその言葉はないんじゃないかとか、会いたかったよ鋼の、君がいない日々はとても味気ないものなのだよとか、言いたいことは色々あったが、とりあえずこれでは仕事にならないと、一端手にしてたペンを脇に置いた。今までも仕事になってなかったじゃないかというツッコミは、しないでくれると非常にありがたい。

「ちょうだいではなく、君が私にチョコをくれてもいいのではないのかね?」

「いーじゃん、俺がやらなくてもこんなにあるんだからさ」

 エドワードが指差したのは部屋の片隅に寄せられた、チョコレートの山。
 誰が始めたのかは知らないが、世間では今日をバレンタイン・デーと呼ぶ。女性が意中の男性にチョコレートを贈る(本来チョコレートではなく、花であったり本であったりするそうだが)、世間公認の恋人たちのイベントで、私も数年前まではチョコレートを貰える男としてバレンタイン・デーを満喫していたわけだが、世の女性たちから貰うよりもエドワードから貰える1個のチョコレートのほうに価値を見出してからは、ひたすらチョコレートの消化に頭を悩ませるだけのイベントとなった。もっとも、1つも貰えない男であるよりも、貰える男であるほうが私の望むところではあるのだが。
 そんなわけで私の部屋には今、匂いにむせかえるほどのチョコレートが鎮座している。

「ちょっと実験するからチョコ分けてよ」

 言うなり、チョコレートの山から適当なものを物色しだす。
 私はまだ返事をしていないのだが、断られるとも思っていないのだろう。女性からの贈り物に手を出しても怒られないと思っているあたり、私がその贈り物の相手よりも彼のことを愛しているのだという自覚を、きちんと持ってくれているのだろうと思いたい。ただの傍若無人であっては物悲しいではないか。

「んじゃ、これ貰ってくな」

 みんなで分けるのにちょうどいいものがあったのだろう。その手には少し大きめの箱があった。
 エドワードはそのまま部屋を出て行こうとする。

「ちょっと待ちたまえ」

「なんだよ?」

 呼び止められて不満そうな顔をするが、そのまま出ていかれても私としても味気ない。仕事に追われる私に活力を分けてくれようという気にはならないのかね?

「等価交換」

 ちょいちょいと唇を指しながら言うと、

「………っ、後でなっ!!」

 返ってきたのは予想と少し違う応えと、予想通りの乱暴に閉めたドアの音。

「ドアが壊れてしまうよ、エドワード」

 後でと返事をくれたところをみると、少しは期待していいのかもしれない。あんなチョコレートとエドワードのキスとでは等価にもならないが、おかげで色よい応えを貰えたのだから、ホワイト・デーのお返しを考慮しておくべきだろうか。
 ドアの向こうからは本当に溶けたと騒ぐ声が聞こえる。少々騒がしいが気になるほどでもない。
 私は今度こそ仕事を終わらせるためにペンを手に取った。定時にはこの書類の山を目の前から消すつもりだ。

「でないと君を食事にも誘えないからね、エドワード」








「はぁ〜、マジに終わらせたんスね、あの分量」

「当然だ。今夜は鋼のと食事の約束があるからな」

 片付けた書類の山をホークアイと2人がかりで移動させにきたハボックが、感嘆の溜息をついた。……呆れたような溜息にも聞こえたが、今日の私は機嫌がいいので不問に処すことにする。

「あれ、大佐。そのチョコ……」

「ああ、さっき余った分だろう? 鋼のが置いていったんだが」

 チョコレートとガムの実験とやらが終わってから、エドワードがチョコレートを戻しにきた。
 後でと言った言葉通り(正直に言うと反故にされると思っていたが)、叩きつけるようにチョコレートを机に置いて、ヤケになったように私にキスをしていった。驚きと嬉しさにぼうっとしかけるところで、逃げるように踵を返したエドワードの腕をとって、すかさず自邸での夕食の約束をとりつけたのは、我ながら立派だと思う。仕事も死ぬ気で終わらせたし、あとは資料室にいるエドワードを連れて帰るだけだ。

「手をつけてあっても溶かすのだから支障はないだろう」

 私が貰ったチョコレートは全て軍の食堂で溶かしなおし、携帯食用に加工しなおされている。私ひとりでは食べきれない量ではあるから、副官の素晴らしいアイデアを賞賛したいところだが、それを支給された1つもチョコレートを貰えなかった男は、空しい気持ちを味わうのではなかろうか。
 まあ、私の知ったことではないが。

「溶かしちゃマズイっスよ。良かったっスね、大佐」

 食べかけだからマズイということだろうか。
 それにしても良かったとは?

「それ、さっき大将が大佐の所から貰ってきたチョコとは違うパッケージっスよ。それにさっきのチョコはみんなで食っちまいましたし」

 出てきた答えを信じられず、思わず目で問うた私にハボックは舞い上がるような答えをくれた。

「正真正銘、大将が用意してくれたチョコでしょうね」

 ってことは、あのガムとチョコの話もこのタメかも?

 にひゃりと笑ってハボックが書類を抱えて部屋を出て行く。
 私は今、さぞかしにやけた顔をしているのだろう。エドワードに会う前になんとか顔を整えねば、美形キャラの名が廃る。
 それでも手足は正直で、あとわずかで鳴る定時の鐘と共に司令部を出ようと、もうコートを羽織ろうとしている。
 最後にエドワードからのチョコレートを手に持って。
 心はもうすでに、資料室にいるエドワードのことしか考えていない。




「等価交換。このチョコレートのお返しをしなくてはね」




 まずは最高のエスコートでもって、我が家へご招待いたしましょう。
とりあえず、今、すっごく急いでいるので文章おかしくてもごめんなさい。
なんせ期間限定なんです!
だってバレンタイン、あと15分で終わっちゃうんです!
せっかく書いたのに!
しかも大佐が幸せで甘いのを!
そんなわけでチョコの代わりに、甘ったるい空気の大豆話を贈らせていただきます。
初めて大佐が報われてます。
1番幸せです。
もうこれ以上幸せな大佐は書けないだろうことは保証します。   2004.2.14 ひい

顔がほころんでしまう……(*^_^*)
大佐、報われてます。すっすごいぞ!!
ひい様、ありがとうございます。
最高のバレンタインです★2004.2.14玲

Chocolat