想像するととても楽しいのですが、やはり大佐ってば気の毒を絵に描いたように似合いますっ。あはは……この後のお菓子の運命は? それにしてもエドのいないホワイトデー、きっと仕事になんかならないでしょうね。 玲
本日の日付は3月13日。
明日は世に言うホワイトデーである。
ヴァレンタインデーに何も貰えなかった不憫な男性諸君。もしくは世の男性には不幸なことに誰にも何も渡すことなく、その日を常日頃の生活のままに過ごしたご婦人方にも、さして関係のない日ではあるが私は違う。そして今までの私とも、また一味も二味も違う。
……貰ったとも。
当然貰ったとも、ヴァレンタインデーに私のエドワードから抱えきれないだけの愛を!!
あの夢のような一日を私は生涯忘れることはないだろう。
ああ、エディ。君は私をどこまで溺れさせれば気がすむんだい? 私の心すべてを奪い取ってもまだ足りない? いいとも、望むところだ。君が思うまま、私のすべてを奪うといい。その代わりに君が初めてくれた甘いチョコレート。頬を染めながらそっと私に落とした、君の柔らかなくちび……
「大佐。エドワードくんのことを思い出して顔を崩すのも結構ですが、今は仕事をしてください」
……中尉の銃口がこちらを向いているから、甘美なあの日の想い出に浸るのは後の楽しみにとっておくとして(ん? 一部捏造されている? それは君たちの記憶違いだ。違うかね?)。
実際問題としてホワイトデーには何を返したらいいのだろうか。
彼が私にくれた愛のお返しには何が相応しい?
ヴァレンタインデーから1ヶ月、悩みに悩んで今日まできてしまった。明日の午後にはエディがこちらに着くというのに。
やはりここは贈り物の定番の花束か?
……ダメだろうな。彼は豪華な花を喜ぶような性格ではない。旅に邪魔だと怒られそうな気さえする。
咲き初めの、柔らかな色をした花束を抱えて微笑む彼は、さぞかし目を楽しませてくれるだろうと思うのだが、それが現実となる日は遠そうだ。旅云々の問題よりも、彼の性格的に。残念なことではあるが、そんな性格ごとエディを愛しんでいる私としては諦めざるを得ない。
ならば希少な文献だろうか。彼はいつでも新たな知識を求めている。
いやいや、それでは――非常に情けないことなのだが――いつも私の元に呼び寄せるときのエサと代わりがない。こういったイベントに新鮮さが欠けてはいけないだろう。
……というよりも、エディを明日に間に合うよう、東部に呼び寄せるエサに使ってしまった。二番煎じは喜びも薄れてしまう。第一、色気がない。エディが喜ぶとわかってもいても、私が非常に面白くない。
装飾品はどうだろう。
年齢のせいか、まったくそういったことに興味が湧かないか(恐らく後者だろう)、彼は装飾品の類を一切身に着けていない。
ふむ。いいかもしれない。彼が初めて身につける装飾品を、私が手ずから選んで誂えるというのは悪くない。
だがあの蜜色の髪と瞳の素晴らしい輝きに、勝てずとも映えるものでなければ。
それを考えると東部の品揃えでは少々物足りないか。今日まで無駄に時間を費やしてしまったことが悔やまれる。もっと早く思いついていれば、彼に似合うデザインで特注なり何なり、思うままに用意できたものを。
仕方が無い。やはりここは中央まで行って品揃えと質ののいい宝飾店で、時間の許す限りじっくりとこの目で確かめ……。
「大佐、いい加減にしてください」
こめかみに押し当てられた銃口に冷や汗が流れた。
マズイな。手近な紙に浮かんだアイデアを書き連ねていたのがバレた。
「見逃してくれないか、中尉。仕事は取り戻せてもホワイトデーは取り戻せないのだよ」
「そうですね、時間は取り戻せません。それはホワイトデーでも今日が締め切りの書類でも同じことです」
懇願は中尉に届く前に叩き落された。
代わりに机に大量の書類を載せられた。
「中尉……この量はなんだね?」
誰がどう見ても新たな書類の量は、定時で終わらせられるような量ではない。
今日は残業しろということか?
それでは中央に行けないではないか。
「今日中にこれだけ終わらせていただければ、明日の午後いっぱい、エドワードくんを構い倒せますよ」
半日でもお休み、欲しいでしょう?
悪魔の囁きのようだよ、中尉。
そして私は悪魔の誘惑(こと仕事と射撃に関して中尉は鬼だ……本人に面と向って言うことは決してできないが)に負け、セントラルにプレゼントを求めに行くのを諦め、この地で求められる物の中で最上かつ最良のプレゼントを考えつつ、定時より2時間ほど過ぎたあたりまで書類と格闘することになった。
「お疲れ様でした。これで明日は午後から休暇がとれますね」
仕上げた書類をトントンと机の上で揃え、にこりと中尉が微笑んだ。彼女はお気に入りのエディとアルフォンスくんが絡むと、比較的寛大になる。
それは東方司令部の大半に当てはまることだ。恋人の人気が高いというのは嬉しくもあるが、複雑なことでもあるものだな。
「ホワイトデーのお返しはお菓子が定番ですよ」
仕事中に上の空になって銃口を突きつけられた原因なのだが、しなくてはならない仕事を終えた後でなら、中尉は助言をしてくれる気になったらしい。
「確かに鋼のは甘いものが好きだが、いつでもあげられるようなものでは物足りなくはないかい?」
他愛もない菓子を好きなエディだが、その辺の店で売っているような菓子であれば、いつでも手に入れてあげられる。プレゼントとは別に買っておいて、添えて渡しても喜んでくれるだろうが……。
「特別なお菓子を用意すればいいと思いませんか?」
「特別な菓子?」
どこかの限定商品だろうか。
それなら喜んでくれるに違いないだろうが、今から手に入れるには遅い時刻だ。普通の食料品店ならまだしも、菓子屋が店を開けているような時間ではない。明日出勤する時刻ではまだ店が開くような時間ではないし、昼休みでは遅すぎる。
やはり何か別なものを探すべきだろう。
せっかくの助言だがと口を開きかけたとき、彼女は目からウロコが落ちるような発言をした。
「大佐が作ればいいんです」
……作る?
…………私が?
「恋人が作ったお菓子ですよ。元々お菓子が好きな子なんですから、なおさら喜んでくれると思いませんか?」
エディが喜んでくれるならば嬉しいが……私が、作る……?
「料理ができるなら簡単なお菓子くらい作れます。材料は今から店に行けば揃いますし、レシピは私が用意しましょう」
エドワードくんにとって、特別なお菓子になりますよ?
本日2度目の誘惑(特に『恋人』とか『特別』のフレーズに)に私は負けた。
中尉が急いで書いてくれた材料とレシピのメモを片手に、帰りがてら足りない材料を買い足すことにする。
帰宅してすぐに取り掛かれば、多少の失敗しても取り戻せるだけの時間の余裕はできる。簡単な料理ならまだしも、菓子など作ったことは生まれてこのかた一度もないが、焔の錬金術師が焼き菓子ごときを恐れるわけにいくまい。
「材料を錬成陣に置いて、お菓子を錬成したら反則ですからね」
……錬成したくとも、そんな錬成陣など知らないよ、中尉。
「昨日は色々とすまなかったね、中尉」
「その様子ですと成功したようですね」
昨日作った菓子はきっとエディを満足させるだろう味に仕上がった。見た目も悪くないし、なかなかの出来栄えと言っていいだろう。
「何が成功したんっすか?」
「菓子だ」
「……は?」
中尉とともに書類を置きにきたハボックが聞いてきたので、答えてやったら失礼なことに書類を机の上に置こうとした体勢で固まった。
「ホワイトデーに鋼のに渡す菓子だ。私が作っても不思議ではなかろう?」
もっとも私も昨日中尉に言われるまで気付かなかったが。
「大佐が菓子作りって、真っ当に食えるものができ……うあっ!」
ぱちりと指をならし、ハボックが銜えていた煙草を吸い口まで灰にしてやる。
「焔を扱う私が菓子を焼くのを失敗すると思うかね?」
……1度失敗したという事実は、墓まで持っていく所存だ。
「あー、そりゃ大将が喜ぶといいっすね」
苦笑しつつハボックと中尉が部屋を出て行く。
しなければならない仕事量が見えているせいか、私も仕事ぶりに余裕がある。
このまま何事もなければ昼にはエディに会える。勿論午後は昨日必死にとった休暇のおかげで、エディとゆっくり過ごせるのだ。
これからの時間を邪魔するような事件をテロリストどもが起こしたら……そうだな、犯行声明を表明する前に消し炭になってもらおうか。何者も私の邪魔をすれば同じ運命を辿らせてくれよう。
そんなことをつらつら考えつつ、午前中分の書類を片付けているときだった。
「大変です、大佐!」
「何の騒ぎだね、ハボック少尉。少し落ち着きたまえ」
騒々しく廊下を走り、ノックもなしに大きな音をたててドアを開けたハボックを見やる。
これでテロ騒ぎなら私自ら乗り込んでいって、瞬時に拠点ごと全壊してくれると思ったのだが、どうもハボックの表情は違う。大変だと騒ぎ立てるほどのテロであれば、もう少し緊張感が表情にあってもいいものなのだが、どうもそんなものは欠片もなかった。
そして中尉も部屋に入ってくる。
彼女の表情にも緊張感はない。
だが……何故か、気の毒そうな顔をして私を見ていた。よくよく見ればハボックも。
ハボックが手にしていた紙を開き、やたらと大きな深呼吸をしてから読み始めた。
「大佐宛てに電報です。えー、『西方の山奥に住んでる人体錬成に詳しい人が、今なら山奥から出てきて街にいるっていう話なんで、ウエストシティに行くことになったからそっちに行けなくなっちゃった。ごめん、大佐。愛してる。だから電話で言ってた資料、俺が今度行くまでとっておいてv』……うわ。鬼だな、大将」
………………………………エディ、そんな内容を電報なんて他人が読み上げるようなもので聞いたら、ますます私の機嫌が悪くなると思わないかね? 私のことを少しでも愛してるというのなら、せめて電話で君の声を聞かせてくれてもいいと思わないか?
「電話だと大佐がなんだかんだと騒ぐからじゃないっすかね?」
身に覚えがある身としては手痛い指摘に黙るしかない。
これで昨日作った菓子が無駄になってしまった。手作りの菓子の賞味期限がいつまでかは知らないが、美味しく味わえるうちにはきっと来ることはないだろう。
そして今日の休暇も。
……今日の休暇。
……いっそエディを追ってウエストシティに行くか?
そうだ、いい考えじゃないか。エディのための菓子を手に、エディを追ってウエストシティ。明日までに帰ってくることはできないだろうが、年に一度の恋人たちのホワイトデーは取り返しがつかないのだ。今年のヴァレンタインデーのお返しは、今日という日しかないのだ。この際休暇でもなんでももぎ取って……
「さ、お仕事なさってください、大佐」
中尉の言葉とともにドカンと机に載せられた書類の山、ヤマ、やま。書類の山で机の上に壁ができそうだ。
「ち、中尉、私は確か午後から休暇に……」
「エドワードくんたちが来ないなら、意味のない休暇も同然でしょう? この際明日明後日分くらいまで頑張っていただきます」
「しかし、私はこれからウエストシティに……」
「今からウエストシティに行ったのでは、明日までに帰れませんよ」
「年に一度のホワイトデーなのだから……」
「明日締め切りの書類も取り返しがつきません」
「エディの姿を目にするくらい……」
「私からエドワードくんたちに、用事が済んだらこちらに来るように連絡しておきます。それからでも十分でしょう」
「中…」
「ダメです」
意見を口にする端から、無情にも音になりきる前に叩き落されていく。
机の上に作られた書類の壁の内側で、私は男泣きに泣くしかなかった。
嗚呼、エディ。
君はいま何処。
そして私のホワイトデーも…………いま何処。