日頃から、豆だのチビだのと言ってからかってはいるわけだけれども。   ふと気が付いた。  
もしかして視界の高さが同じなら、同じように見えて、同じように考えられる んじゃあないかと。  
我ながら良い考えだと悦に入ってみる。
仕事中、うわの空で思いついたアイディアに自画自賛しつつ、ぱちりと指を鳴 らせば無意識に炎を錬成。机上の書類の端をうっかり焦がし、部下に銃を突きつ けられることしばし。本日の研究は中止。かの麗しき名前でもって、研究手帳に 新たな研究事象を記す。

『後日エディとデート。目線を変えれることがよりお互いのためになるだろう』  

………それって暗号なのか?と誰かつっこんでやってください。






Angle to SKY







「…と、いうわけでそこに立っていてくれたまえ」

 何が「…というわけ」なのかの説明もなしに、ピシリと指差したのは街のはず れにある公園の芝生。だだっ広い敷地に水の泡立つ噴水。街外れではあるけれど 緑が多くせいか、憩う人々の姿が見える。
 思い立ったが吉日とばかりに、ロイはちょうど司令部訪問中のエドワードを拉 致して公園にやってきた。とりあえず見えるものが限られている自分の執務室で は、この研究の限りなくあるだろう秘められた可能性を、実験せぬうちからゼロ に近づけてしまうだろうと踏んでの、実験実行地設定である。  いやまあ、そこで「そんなこと言って、所詮はサボリだろ?」と言われると、 そんなことはこれっぽっちも考えてませんとは言い切れないが。通常のデートに なら、こんな部下にすぐ見つかりそうなところには長々と居ないのだし。  
 頭の上にクエスチョンマークを飛ばしつつ、持ち前の多大なる好奇心に負けて か、素直に差した箇所に立ったエドワードの横に並び立てば当然高く、膝立ちす れば微妙に低い。結果として軽く膝を曲げた中腰が目線を合わせるには最適なの だが、これがまたかなり辛い体勢で。
 キスするときはこんなものだっただろうかと思い返してみれば、自分は腰を折 り曲げ、彼は背を90度以上に反らしていたような気もしないでもない。
 よくよく考えればどんなに嫌がったフリをしていても、身長が下の人間の、そ んな協力的な姿勢がなければ為し得ない体勢だったことに今更ながらに気付き、 意外と愛されている自分に気付く。1つ新たなる発見である。
 思わずへらりと笑った彼に、エドワードが引いた。
 恋人の顔は常日頃自分が思い出す顔より、少し違った印象がある。   旅に出ている恋人を思い出すとき、彼が思い出すのは決まって上から見下ろし た恋人の顔だ。そう思うと新鮮のような、今までこれを逃していたのは自称『鋼 のフリーク』としては大きな失態のような。  
 とりあえず真正面から見た恋人の顔は、素晴らしく将来が楽しみだとだけ言っ ておこう。  当初の研究目的から少々ずれているが、自分にとっては至極有意義な収穫を見 出せたのだから、もうそろそろ仕舞いにしてもいいのだが、やはり折角脱そ……い や、忙しい仕事の合間を縫って外出してきたのだから、ここはやはり時間の許す 限り研究事象を追求しておきたい。

「ふむ、意外と違うものだね」

 頭ひとつ分以上の身長差は見るものを変えるものだ。  
 生活の中で、例えば床に座ればこの状態よりも視線は低いというのに、自分が 生活する中で留まり続けることのない高さというのは、世界は色を変えないまで も、意味を変えることがあるのだ。

 例えば、今日の青い空のように。  

 その姿勢で空を見上げればいつもより高く、遠く、暗い色などひとつもなく。 背が低い分だけ見上げれば、常に視界に空が入って。子供特有の大きな目にな ら、より大きな空が映っているはず。  空へと伸ばす手が小さい分、さらに掴めないもののように見えてしまう彼に は、きっとこの世界は広く大きなものに見えているだろう。  空気の端々にまで、自分の知らないことが詰まっているように見えるだろう。  過ごした時と伸びてしまった背が、何も変わずそこにある世界の広さを小さく 見せるようになるまで。  

 君の世界は広く。
 空気は踊るように君を呼ぶ。  
余計なものを知ってしまったと苦く笑えば、子供が空を見上げて笑う。
 余計なものを知って、欲しいものがまた増えてしまった。

 俗世の地位と黄金の子供。  

 そして、子供の青い空。
 子供が毎日楽しげに過ごすのは、まだ世界の枠を決めていないから。  大きければ大きいほど世界は楽しいのだと、根底で知っているから。   子供の夢がひとつではないのは、世界の容量を感じ取るから。





 実験は予想以上の結果を収めた。
  これ以上の結果を望むべくもなく、またこれ以上であってはこちらの許容量が 今は足りず。

「君は本当に私の予想外のところにいるな」

 ぽんと手をエドワードの頭に乗せれば嫌がるように跳ね除けられて、今度は本 当のデートコースに誘ってみれば、渋々といった態度で、それでものってくれる 彼に苦笑を漏らし。  
 手を繋ぐ代わりにきゅっと軍服の端を握られて、ふと気付く。

 同じ青だ、と。

 やっぱり予想外だと笑い、わけがわからずむくれる子供の手をひいて、とりあ えずご機嫌取りに甘いものを食べに歩きだす。いつまでもここにいて部下に見つ かってしまっては、このいい気分が台無しではないか。




 実験は予想以上の結果を収めた。

 結論。
 子供と青空は、案外自分から近いところにある。  



続きます。