「第9章 太陽と月
「あれっ」
勢いよく開けた室内にいたのは、部屋の主たるアレンではなかった。
色っぽく、腰にタオルを巻いただけの格好で、湯上がりの金色の髪からは水滴がしたたっていた。
エドウイン・レーエだ。
ケリーと一緒で、この部屋にはよく出入りしている。
「すまない。水音がしたんで、帰ってきてるのかと思ったんだ」
ノックはしたけど、たぶん水音で聞こえなかったかと。そう言い訳してみる。
この部屋の主、アレンの勤務は週に2日程度だった。一応、部屋もあって希望すれば空き時間には研究三昧もできるのだが、当の本人は、それが許されるほど暇ではなかったのだ。
トーマス・アレンと名乗って臨時の教師をしてはいるが、本業はセントラル中央の軍司令官の1人である。
現在の階級は大佐、そして焔の錬金術師だ。
もちろんこれは極秘中の極秘で、この学校でそれを知っているのは、今の所エドだけだった。
校長でさえ、アレンは中央が派遣した捜査官だという事しか知らなかったのだ。
「許可はもらっている。居ないときも使っていいと」
そう言ったエドウィンの、目線の先のテーブルの上には、真新しい部屋の鍵があった。彼のために作られたものらしい。
実の所それは鍵屋の仕事ではなく、焔の錬金術師がエドのためにだけ練成したというシロモノだった。
「ところで俺、鍵かけていたと思ったんだけど…?」
「…あはは…ゴメン、これで…」
ケリーがポケットから取り出したのは、1本の太い針金だ
った。
「あ、そう」
納得がいったのか、着替えがまだだった事を思い出したエドは浴室の側にあるロッカーから、着替えを取り出した。
シャツのサイズがピッタリだった所をみると、エド用に置いてあるらしい。来客用の珈琲茶碗もそろえない男だったが、エドのためには着替えを用意するのだ。
つまり、そういう相手だと。
「何で、生徒用のシャワールームを使わないんだ?みんなと一緒は嫌なのか?落ち着かない…とか?」
わざと、そういう言い方をしたのは、ケリー自身エドの裸を見て、ドキドキしていていたせいだ。
「落ち着かないというより、いろいろあってサ…」
「まさか…覗き、とか?」
「それもあるな」
着替えを含めた衣類がそっくり無くなったり、襲われたりするのだと言う。
「襲われたってぇ?」
虐めをとおりこしている気がした。
エドの裸を見てケダモノになってしまうのは、わからないでもなかったが、実行する阿呆がいようとは…
「ぱんつ一丁で廊下を歩いて部屋に戻ってもいいんだけど、馬鹿が増えるだけだし…あいつに見つかっちまって、そしたら、頼むからここ使えって」
実際その時は、タオルをシャツに練成し、廊下に出てロイに見つかってしまったのだ。
アレンが心配するのも無理はない。
こいつ、綺麗だし……これだけ色気がダダモレだと…ケリーでも危ないと、そう思ってしまった。
「お前、先生をあいつ呼ばわりするんだな?」
「ケリー先輩だって、いつも呼びすてじゃないか」
エドも負けじと言い返す。
それもそうだった。
軍人の教師達相手ではこうはいかない。
アレンが許しているからこそなのだが…
エドの場合は、間違えて呼んでしまいそうだっただけだ。
『つい、大佐って言っちゃいそーだ』
この分では少将になったとしても、大佐と言い続けていそうだ。
階級の間違えくらい気にするロイではなかったが、現在は身分を隠しての教師家業中だ。
うっかり大佐と呼ぶくらいなら、『おい』だの『あんた』だののがましと言われたのだ。
だけど、
「名前で呼ぶだけマシだぞ。夫婦でもないのに阿吽で会話になるかいっ」
言ったケリーは、大まじめだったが、
爆弾発言である。
「!」
アレン先生の特別らしい下級生に、ちょっとだけ焼き餅を焼いていたようだ。
「…・夫婦って何だよっ…!」
エドの頬が赤いのは湯上がりのせいだったのか、それとも…?
襲われた事を、何事もなかったかのようにエドが言うからには、本当に未遂だったのだろう。
むしろ、襲った連中がどうなったのか聞いてみたい所だ。
綺麗な顔とは反対に、短気で喧嘩っぱやくて、そしてむちゃくちゃ強いのだ。
以前、先輩に絡まれている所に出くわしたのだけれど、手を貸す暇もなく、相手を沈めていた。
今では、エドに手出しをしようと思う馬鹿はいない。
「はぁ……!」
先生も苦労してるなって…思ったら脱力していた。
馬鹿は居ないと思ったが、怖いモノみたさという奴が居る事を忘れていた。手を変え品を変えて、挑んでくるようだ。
全寮制の学校なんて何処も同じなのか、やっちゃいけないと規制されるとやってみたいものらしい。
酒・グラッグの持ち込みと使用の禁止。そして週末以外の、学校外への外出の禁止が校則で定められている。
その上、ドラッグについては、発覚したら即時退学だった。
だけど、教師達に隠れてドラッグは流通していた。ダメだと言われるとやってみたくなるものなのか、買う者がいれば売る者もまた居たのだ。授業中に、回覧が回って来たのには驚いたけれど。
阿片に媚薬と、望めば何でも購入する事が出来たのだ。
「誰が買うんだ?そんなモン」
「気持ちよく現実逃避したい奴、とか。恋人を速攻でモノにしたい奴とか…いるんじゃない?」
ケリーが答えていた。
「薬があれば、恋人が手に入る?へんなの・・」
不満そうなのはエド。
「は?催淫剤か?そんなモノも売ってるのか?」
呆れ顔なのは、講師のアレンだ。
一応、教師サイドの人間なので、妙な回覧物が回ってくる事もない。回覧にはいろいろあって、その時々の需要にあわせて、販売しているのだという。
「そりゃあ、モテる男には用はないでしょが……顔も頭も財産も、何もないと結構苦労してるんじゃないかな」
嫌がる相手を、力でねじ伏せる腕力がナイ奴もいるだろうし・・・
「ま、気をつけるにこした事はないかと・・・」
「私は関係ないだろう?」
「センセーも若いから生徒に間違われて、押し倒されないよーにした方がいいかも」
「俺は大丈夫だよ」
「何で、私が………」
口々にぶつぶつ言っている。
「ところで、さっきから何の実験をしてるんで?」
すんごく、いい香りがしてるんですけど?
「ん?ケリーも飲むか?」
「えっ・・・?」
「の………飲み物だったんで?」
「それ以外の何だと?」
「アルコールの持ち込みは禁止なんじゃあ・・?」
「持ち込んじゃいないが?」
「えーーーっ、そういう事言いますかっ?」
確かに、持ち込んではいない。製造しただけだと思う。だからと言って、良いとは思われないのだけれど。
エドは、すでにビーカーでちびちび飲んでいた。
本当に型破りな講師だと思う。
そう言えば、無断外出した仲だったっけ・・・
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書けばかくほど・・・・誤字をなおすだけで、こう増えるのか・・・・
番外にすべきでしたか・・・・・
2007.02.21 5.14加筆