ゾクリと、
震えがくるほどの感覚。
それは、戦場を駆け抜けた男の殺気を纏って。

「そうだ。今も軍人だ。たとえそうは見えなくても、ね」

アレンは、自分の容姿が軍人に見えないことも承知していた。それを盾にとっての潜入操作だったりもするのだろう。
国家錬金術師だという事は、最低でも少佐だ。
しかも軍人でありながら資格を取ったようだ。

「2人して、僕を…みんなを騙して……」

「警戒させるわけにはいかなかった」
 
「俺は、軍人じゃねェってば……」

 一応、そのぉ…軍属ではあるけど…さ…
 エドがボヤきながら、ため息をついた。

「一端部屋に戻るが…君はどうする?」

 アレンがエドに訪ねる。、

「どおって……?」

「用はすんだのだろう?一緒に帰るかね?」

「う…・」

体力と根性の両方を使い尽くして、くたくたの頭だったが、帰るという考えはなかったようだ・……
そうだ…兎に角、部屋に帰って寝よう………

「ん、寝る……」

「私の部屋で手当してから寝なさい。その格好では部屋に戻れないだろう?」

「えっ・……?」

 ボロボロの制服は、あちこち血がにじんでいて…
何があったのか、仲間達に説明するわけにはいかない。

「俺、行方不明のまま?」

「いや、保護者が危篤で故郷に戻っている事にしてあるが・……」

「はぁ?危篤…・・」

 保護者って…誰よ?
誰が危篤だって?…ピナコばっちゃんは殺しても死にそうにないし・・師匠だって…・

「随分むちゃくちゃだよなぁ……」

「他にどうしろと?」
 
ごもっともで……

「それより、腰はたつのかね?」

 最後の一言だけは、相手にだけ聞こえる小さな声でボソリと言った。
 エドの顔が真っ赤になる。



家族はみな戦争で死んだ。たった一人の妹も。
食べていくためだけに軍に入った。
帰る家も家族もすでにないから、自分が死んで悲しんでくれる人もいない身軽といえば身軽の体だ。
でも、できる事であれば……セシと過ごした幸福な時間を取り戻したかった。そう思う事は罪なのだろうか?
後日、起きあがれるようになったミュラーは傍らのケリーにそう言った。


「たとえどんなに苦しい事があっても、生き残った者は残りの時間を生きぬくしかない…」
 
 トーマス・アレンという名の軍人は居なかった。
 彼の本名が何なのか、学生のケリーに知るよしはなかったが…
アレンがずっと軍人をなりわいにしていたのだとしたら、友人や同僚が死ぬのは幾度も経験済みなのだろう。
戦場では死は日常だし、敵を殺さなければ、自分を生かす事などできはしない。


「あんたに何がわかる?」

「わからないさ。」

 だが…

「君の苦しみは、君だけのものだ……」

だけど・・・
それすら、生きている証なのかもしれない。








翌日、病気リタイヤしたはずの教官が学校に戻って来て、何事もなかったかのように授業をした。
学校側は、本当に何事もなかったかのように振るまっていた。一部の生徒は、あの焔を見ていたはずだったが、それも臨時だったトマス・アレン講師の実験による火災、と報告されたのみだった。
彼が何者なのか、他の教師達に聞く事もできなかったが、少なくても軍属の教官達の手におえる相手ではなかったのかもしれない。


余談だが、アレンに部屋を水浸しにされ、お気に入りのシャツをダメにされたグレネード准将のご子息の元には、セントラルでも指折りのテーラーの仕立券つきの上等なシャツが送られてきたという。





終章



士官学校を出て3年。
南方司令部で経験をつんできた青年だった。

「うちに志願。…珍しいですねぇ」
「少将に憧れているんでは?」
「男に憧れられてもつまらん!」
相変わらず容赦がなく、バッサリと切り捨てる。
「そーゆー話では……」


その新人と言えば、イシュヴァールの英雄『焔の錬金術師』を前にして、緊張している様子は欠片もない。
「?」
ヨハンセン中尉
どこか、記憶の片隅に存在する名前と顔だった。

ずっと軍人をしていたロイが、教師の職についたという事は聞いてないし、アルバイトも禁止されているはずだった。何よりそんな暇はなかったはずだ。
何事かと思っている所へ
「……?まさか無事に卒業できるとは…」
などとくだんの少将が言った。
どうやら知り合いだったようだ。

「ひどいなぁ、」
あなたが卒業できた方が不思議ですよ…とは新任の中尉は言わなかったけれど……
「よく、私だと…」
「あれから、国家錬金術師のリストを片っ端から見ました。すぐわかりましたよ」
新聞も見ていたはずなのに、気がつかなかったと。
なにせ、イシュヴァールの英雄は有名人ですからと。
でも、私服の彼は本当にイメージができなかったのだと力説した。

「南部からはるばるようこそケリー。お茶でもどうかね?」
あの時のように、軽くお茶に誘う。将軍閣下自らお茶を入れてくれるつもりのようだ。
こんな事、他の部署ではありえない事だったが、大佐組の時代からここではよくある事だったので、咎められはしない。
「じゃ、メリッサを」
できればビーカーではなく、マグカップでと、
そうケリーは言った。
「安心しろ。執務室にビーカーはない」
「アンタ、ビーカーでお茶入れたんですかっ?」
 ハボックが呆れた声で言った。
「あそこにはアレしかなかった」
そう言うロイの頬が、少しだけ赤くなっていた。
「たく……おおざっぱなんだから…」
 将軍相手にポンポンと暴言を吐く彼の側近達に、しばし呆然としていたけりー・ヨハンセン中尉だったが、ロイの変わらない姿に、士官学校での顔は素だったのだと、あらためて納得した。





 恐れ多くも将軍に入れてもらったお茶をすすりながら
「ところで、エドはどうしてますか?」
 と、聞いた。
 卒業してから音信不通だと、同期の奴らがこぼしてましたが。
「何故私に?」
「貴方にお聞きするのが正しいと思いますが」

 幽霊騒ぎの件ではエドの力を借りていた事もあり、ただの後見人や連帯保証人じゃない事はバレていたようだ。
「今日は中庭で昼食だそうだよ、同期の友人達が中央に来てるらしい。君も参加するかい?」
 ロイは足下に置いてあった大きなバスケットを手にとって立ち上がった。
 それには、エドといっしょに食べようと、かなり多めに作ったサンドイッチ、ハムやサラダ、フルーツ等が詰めてあった。



そのころ中庭では、仲間達と遅い昼食をひろげているエドの姿があった。
シャレになんねーとか言っていて、エドはうっかり士官学校を卒業してしまったのだ。

そして、今日は一年半ぶりに級友に再会した。

学校を卒業してから、エドは友人達にも会っていなかった。
あるものは中尉へと昇進、少尉のままの者もいた。
やはりと言うか、将軍閣下のご子息達はこぞって中尉になり、威張りちらしているらしい。

偶然というか、
地方の司令部に配属になったコリンやダンが上司のおともや新任研修だとかで中央に来てのだ。
エドからの連絡は途絶えていたので、廊下でバッタリというパターンだ。
暑いとか言って上着を脱いでシャツだけの格好だったので、エドの肩章を2人は見はぐった。
よもや一年半で中佐とは思ってもみなかったろう。


そこへもうじきバスケットをかかえた少将閣下が来るのだ。





誰もエドが中佐だなんて思わなかった。
みんなエドの本名を知らない。
卒業の時、はじめて校長だけが知らされ、心臓が止まりそうになるほど驚いていたけれど。


卒業後の配属は決まっていた。
ロイの……マスタング少将の直属の遊撃部隊の指揮官だ。
エドの副官にはロス中尉がつき、ブロッシュ准尉とともに仕事を手伝ってもらっている。

今やロイは国家錬金術師の最高責任者で、大総統代理の片腕だ。
恋人の欲目抜きに、その資格は十分あるとエドは思っていた。









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