軍隊生活というか、寮生活なんてはじめてだったが、意外に面白いとエドは思っていた。

同室の仲間達は、いろんな遊びを教えてもらった。
授業の合間には郷里の事、古里の味、家族の自慢も含めて、沢山の話をした。
 
同じ人間なんて1人もいない。
みながそれぞれに、夢と希望を抱いてここに来ている。


本の虫はエドの他にも居た。

2年の陸・アヴァディーン。
隣国シンからの留学生だ。

ロイと同じ黒い髪をしているが、瞳は翡翠色だ。
彼の一族は、みな緑色の瞳をしていて、魔術をなりわいとしているのだそうだ。
陸本人も、普段はタロットカードで占いに興じていて、真面目に勉学に励んでいるとはいいがたかった。
軍人になるはずの学校で、黙々と『コンクス・オム・パックス』『スキピオの夢』だの『唄の剣』『死者の書』といった魔術関係の書物を読みあさり、悪魔思想だのを研究しているのだから驚きだ。

エドとは、時々読む本がかぶるのだ。
そのため、盛大な争奪戦の後、他の学生達よりは親しくなった。
陸自身,街の図書館で禁帯出の稀覯書を堂々と閲覧するためだけに士官学校に入学したと言い切っていた。案外似たもの同士だったのかもしれない。

実際、エドにとってもこの学校の図書館の蔵書も魅力的だったので、何があっても全部読破するまでは居座る予定は組んでいたのだ。


『そうこうしているうちに卒業してしまったら、どうするかね?』

と、大佐に言われたが、そうなってしまったらそれはそれで笑えないか。


潜入操作なんて苦手なんで、そんなつもりもない。
いつものように、賢者の石を追いかけて来たら、ここに行き着いてしまっただけなのだ。
銀時計だけでは、入れてくれそうになかったので、大佐に頭を下げてちゃんと?入学したと言っていい。
ただ、大事になってはマズイと丸め込まれ、偽名を使ってはいるのだけれど。

『エドウィン・レーエ』

この名は大佐が考えてくれた。
よくも悪くも『鋼の錬金術師エドワード・エルリック』の名は知られすぎているのだった…そう言って。

確かに、焔の大佐ほどではないにしろ、その名は知られてきている。

士官学校の教科書や教材には、国軍の英雄たる焔の錬金術師の偉業やら、最年少の錬金術師たる鋼の業績等がボロボロと出てくるのだ。
顔色を信号機のように変えながら、ドキドキして授業を受ける羽目になって、大佐の言う現実を理解した。

本当に、バレずにすむならありがたいと思う。
ゆっくり静かに研究をする為には、教師達にも素性は隠しておきたいとせつに思う。



今回、カーバラインという元国家錬金術師が、赤い液体の研究をしている事を突き止めたまではよかった。
だけど、現在は国家錬金術師の資格を返上して、士官学校で教鞭を執っているらしい。

さっそく尋ねて来たのだが…来てみると肝心の教官は行方不明。軍は未だ調査中だという。
大佐に聞いてみようとしたが、多忙とかでつかまらない。

生徒という立場では、行方不明の教師の研究内容までは調査できるはずもなくて、留守の間、管理しているカーバラインの助手にはとりつく島もないのだ。
それに、こんな事件が起きるなどと、その時はエドにも想像はつかなかった。
お宝蔵書の閲覧読破のついでに、士官学校を経験しておくのも悪くないと思っただけだ。

なのに、行方不明だの死亡事故だの、結構スリリングじゃあないか。    
こんな普通じゃない事だらけとは、本当に思いもしなかったのだと、心の中で言い聞かせている。

だたい、大佐の仕事の手伝いもしなければならないとは、当初の予定にはなかった。

悔しい事に、大佐の予定にははいっていたのかもしれない。



「やあ、」


「久しぶりだね。元気だったかい?」

片手をあげ、いつもの笑顔で声をかけてくる。

「たっ…な…何であんたが………」

大佐と言いそうになって、あわてて周りを見回した。
軍服を着ていなくてもロイはロイなのだが、この場所で私服という事は理由ありと見ていい。

一蓮托生な身の上なので、ここでドジを踏むわけにはいかなかった。
こんな所で出会ったのが運のつき、というか
講堂で、ロイに出会ってわかったのだ。よくも悪くも自分は軍属で、大佐の部下だった。

エドは大きなため息をついた。



「で…今度はどんな事件なわけよ?」

ガックリと、肩を落として聞いてみた。

「ここには私のが先に来ているのだがね?」
「えっ?」


どうやら事件は関係なかったらしい。

「いつから?」
「半年?くらいかな。月に2・3日だけどね」
「何でっ?」
「何って、この近くで金の卵を見つけてねえ…。勧誘しようと来ているのだか…」

まだ、学生という事もあって、あまりいい返事はもらっていないのだと言う。
実際の所、その金の卵が誰なのか判明したわけではないのだった。
諦めきれないロイは、時々休暇を取って士官学校の臨時講師等をこなしながら卵の探索を続けていたのだ。

有望な新人の発掘も仕事のうちなのだが、相手が士官学校の生徒だという事だけは確かだったので、時間を作っては度々訪れていたらしい。
もちろん身分は伏せて。

「……まさか、陸・アヴァディーンとか?」
「君も見たのかね?なかなかの人材だろう?」

ニヤリ、とロイが笑う。

「っていうよっか、あいつのは魔術じゃねーの?」

少々呆れぎみでエドが言った。
どーりで、つかまらないわけだ…

際の所、陸があの日の少年魔術師なのかは、ロイには自信がなかった。
半年前の一瞬の出来事だったが、色彩が違いすぎると思うのだ。



銀と深紅、それと闇の色合いを持つ人物は未だ見つからない。






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