「吸血鬼は貴様か?」

ブランドル事務官が大事そうに抱えていた冷蔵の小箱には、何本かの試験管が納められていた。
中には、血液が入っている。

「憲兵か?」

自分を取り押さえたロイを、兵士だと思ったらしい。

「失敬な、あんな奴らといっしょにするなっ」

自分の方がよっぽど失礼な事を言っているという自覚のない男が言った。

「高く売れるんだ」
「は?」
「いい稼ぎになるんだ。あんたも、憲兵じゃないのなら仲間に入らないか」
「なにいっ」

ばかばかしいにもほどがある。
盗人を捕らえてみれば、小物でどうみても別件。
そして、血液を買っていたのは軍の医療機関だったというから笑えない。



『ブランドル事務官は拘留しました。でも肝心の方はどうなっておりますでしょうか。あまり日数がかかりますと…』

ホークアイ中尉は、定時連絡のさい上司たるロイに釘を刺す事も忘れなかった。
少しでも手綱をゆるめてしまうと、この男が怠けてしまうことを知っているからだ。

『わかっている。もう少し時間をくれ』

そう言ってロイは電話を切った。
1人ではないから無茶はしないとは思うのだが、危険がエドワードに迫った場合は保証の限りではない。
部下や自分の保護下にあるもののためなら、ロイはどんな事でもしてしまう。だからこそ、ロイの為ならと部下達は付いていてくるのだが。
鋼の名を持つ錬金術師が、大佐の側にいるのが良かったのか悪かったのか。



「大佐は何と言ってました?」

ファルマン准尉が訪ねた。

「まだかかりそうですって」
「はぁ…」
「研究者生活が、体にあってるんでしょう」

軍人になった事の方が意外だったからと、ホークアイ中尉は言いそえた。

「大将も一緒なんでしょう。だったら……」
「だからよ、2人して仕事を忘れて研究に没頭しているかも知れなくてよ」

一瞬、部屋の中の空気が固まった。
 
共に国家錬金術師だ、

「仕事を忘れて研究にのめり込んでいる可能性に5000センズ」
 
ブレダが言った。

「賭にはなりませんって!」

フュリー曹長も断言した。
確かに、想像がつきすぎて笑えない。
大佐が戻ってこない限り、部下達の残業生活は終わらない。

「たまには家に帰りたいっス……」





中尉の懸念は当たっていた。
講義と講義の間は、実験の準備や片づけがすめば、自分の研究が出来るという、そんな生活がロイは結構気にいっていたのだ。
もちろん、ずっとここに居続けるというわけにはいかない。
セントラルと西方との往復というか、通勤状態が続いている。
どちらが家でどちらが職場かは考えどころだ。

明日の準備をすませ、ついでにちょっと思いついた実験も少々。
せっかくなので忘れないうちにと構築式を、そのへんに置いてあっ
た紙に殴り書いておく。
紙が足りなくなって、バタバタとあたりをかき回しているうちに、一冊のノートが出てきた。

表紙に『天使』とだけ書かれている。
中を捲ると特定の人間の構成物質と、再構築のための式がメモしてある。
ほぼ、完璧なそれ。
なのに妙にひっかかる…

それに、ノートの後半には特定の遺伝子を持つ人物に関する膨大なデータが書かれてあった。
もちろん凡人には理解不能の記号に置き換えられてはいたが、ロイに読み解けない事はない。
そして、それはいったい何を意味するのか。
 
以前、この部屋を調べたときにはこんなものはなかったはずだ。
だとしたら、誰がここにノートを置いたのか・・・・ロイに見せるためなのか・・・・
その人物は、ロイが錬金術師だと知って、置いたのだろう。

やはり見られていたのだ。



それにしても、この馬鹿教官は…
そんなもの造っていたのかと、呆れる暇もなかった。

ノートに記されていた通り隠し扉を開けると、昇降機が備え付けられていて、ロイを乗せるとそれは下へと移動を開始する。

随分と下に降りた気がした所で、ガクンと止まった。
言われるまま、扉を右横のレバーを押し上げると鋼鉄の扉が開く。
重厚な空気が満ちた場所だった。
士官学校の地下とは思えないような…広い空間がそこにあった。
床の中央部分には、直径2メートルほどの錬成陣が描かれてあり、所々かけているのは一度ならず錬成に使用したためなのだろう。
錬成跡があったので、もしやと思ったが、バーンスタインのものに多少手が加えられていた。
けれど、他人の練成陣をうまく使うには、それ以上の能力を必要とする。これでは完璧な人体練成がなされたかどうかは、至極怪しい。

バーンスタインの実験データを手に入れた何者かが、バケモノを制作しているようだ。
屋根の上にいたのも、そのうちの一体なのだろう。
けれど、未完成な生き物は大量の血液や粘液が必要なはずだった。
それで吸血鬼とかが横行してるわけだ。
人騒がせな人物だ。






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