第7章 導く者達



「何処か具合でも?」
 
医務室を出た所で、ばったりと出会った少年にロイは声をかけた。
漆黒の長い髪、碧の瞳の魔術師だった。

「いや…その…僕は、エドの具合はどうかと思って…」

見舞いに来たらしい。

「君たちは、知り合いだったのか?」
「図書室で……」
「ああ、そう言えば似たような趣味だったな」

錬金術と魔術という違いはあるが…

「エドの事、知って?」

少し構えているようだった。
ロイは警戒されてているらしい。

「彼の父親を知っていてね」
「じゃ、昔からエドの事知って・・・?」
「ここに来る前から知り合いだよ。アヴァフディーン候補生。君の事もエドから聞いていた。稀覯書、取り合ってるんだって?」 

少し笑ってみせる。
銀の魔術師候補として、陸の事も調べたのだ。
だけど、今もって彼には闇の存在が感じられない。
シンの実家も調査はしたが、怪しい所は見つからなかったのだ。


「君も一人歩きは控えたほうがいい」
「エドに…何があったんです?」
「口外は無用に願うよ?」
「わかってます」
「吸血鬼に出くわしたらしい…生死にかかわるほどではないが、当分動けないだろう。あんまりムチャしないよう気をつけてやってくれ」

 敵ではないとだけ、思ってくれたらしい。
 黙って頷き、医務室に入っていった。



「アヴァディーン君にも、目をつけているのかね?」

陸が医務室に入ったのと入れ替えに、ライル・サコーがロイに声をかけた。

「教官も見舞いですか?」

校長から詳しい事は聞いてはいないはずだったが、ケリーやエドの背後にいる男にただならぬものを感じていたようだ。


軍である以上、中佐たる校長の命令は絶対である。
トマス・アレンの身分の詮索はいない事。行動の自由を保証し邪魔はしない事が周知されていた。


「サコー教官?」
「君の目的が何かは知らぬが…子ども達を犠牲にするのは許さんぞ!」
「誰も犠牲になどさせませんよ!」

サコーが敵である可能性は、おそらくない。
だが、生え抜きの軍人である彼には、錬金術師は受け入れられないのも確かだった。
長く続いた戦争を、僅かな日数で集結させた錬金術師という存在を、認める事は出来なかったのだ。

「そう願いたいね。君の戦略論のリポートは完璧だったが…実際の作戦でもうまくいくとは限らないのだからな」
「私の戦略論、ですか?先日のリポートならケリーのですよ」

校長にも、アレンの正体を言っていなかったのだが、どうやらサコーはうすうす気づいていているらしい。
学内で起こった出来事が錬金術の実験なのだとしたら、中央の焔の大佐が出張ってきてもおかしくはないのだ。
ただ、ロイが単独で動いているようだったので、不審がっていたのだった。
この学校の生徒が、彼をも含めた錬金術師達の実験場になっていたのならと・…考えたのだろう。


「私は陸の才能が欲しい。弟子にしたいくらいです。」

優秀な人材確保が目的だと、サコーに告げる。

「エドウィン・レーエもかね」
「!」

一瞬、考えてしまった。
エドを弟子にしたいなどと言うほど、おごってはいない。この会話を聞かれたら、恐ろしく短気な恋人は怒るだろう。

「彼は違いますよ」

すでに確保済みの人材だ。
片腕になら、欲しいと思うけれど、とは言わずにおいた。

「ふむ…」

じゃあ何でここに居るんだとは、サコーは言わなかった。
 


結局、エドはまる3日医務室で伏せっていて、動く事も出来なかった。
朦朧とする意識の中、心配そうなロイの顔が浮かんでは消えた。
上司が、セントラルから輸血用のパックを取り寄せてくれなかったら、危なかったのだった。


やっとの事で医務室を出たエドは、ミュラーを訪ねていた。

「何か用か」
「知らせてくれたって聞いたんで、お礼を…あ、ありがとうございましたミュラー先輩」
「人の忠告を聞かないからだ」
「ごめん、まさか俺なんか…」
「本当にそう思っているのか?…何で私が忠告したと思っているんだ?今までの被害者に共通するものが君にあるからっ…弟の為にも頑張るんだろう?お前が居なくなったら、弟はどうするんだ?」

マジに心配して怒っているのだ。
体術には自信があったんだけどなぁー。相手は俺より上手の戦い慣れた大人なのかもしれないし、人間ではないのかも……などと思ってみたり。
ミュラーには、言えるはずもないのだけれど。

「共通?そんなのがあんのに犯人捕まえられない?」

 一般人のフリも楽じゃないっ。

「憲兵を動かす事の出来る人物かもしれないね」
「教官が犯人という事?」
「そういう場合もありえるという事だ」
「すみません。軍や憲兵だってがんばっているんですよね?…」

がんばっている最中ですと、ミュラー相手に言うわけにはいかないけれど。
ロイも俺もがんばっているから、ちゃんと解決するから、今は身分詐称を許して欲しいと、ココロの中で謝ってみる。

「そう、願いたいね」
「ところで先輩、1人でこんな所にいたら危ないんじゃなかったですか?」
「バケモノが襲ってきたら、捕まえてやろうかと思ってね」

あっさりと言った。
冗談かと思った。

「1人じゃ無理かも・・・怪力だったらどうするんです?」
「銀の弾丸が入れてある」

懐から拳銃を取り出し見せてくれた。
さすが士官候補生というべきだった。



その夜、消灯時間が過ぎて皆が寝静まった頃。何が窓の向こうを横切ったように見えた。
あわてて、窓を開いて覗いてみる。

「!」

恐ろしく身軽な生き物が屋根づたいに飛び跳ねていた。
野生の生物にしては動きがおかしい。
合成獣ならば・・・
思わず、窓から身をのりだしたエドは、屋根の上へとよじ登りバケモノを追いかけていた。




その頃。
夜行で西部へと戻ってきたロイは、エドの様子が気になって生徒の宿舎の方に足を運んでいた。
こんな時間だから会うのは無理だな、とは思ったのだけれど。
恋人のいる窓の下に佇むだけでもいいかと、足を向けると、
異様な気配がした。
見上げると・・・
「なにいっ・・・」

怪物を捕まえたまではよかったのだが、もみ合いうちにエドが屋根から転がり落下してきた。

とっさに、
地面へと、円といくつかの記号を簡単に描く。
両手をついてロイは陣を発動させていた。

空気が、エドを包みこみ、地面に激突する前にふわりと受け止めていた。
気体の練成はお手の物だ。
すかさずエドを身体ごと受け止める。

「あれっ?」
「ムチャはするなと言っただろう!」
「何でここに・・・」
「今、帰ってきたばかりなのだよ」

エド1人でも何とかはなっただろう。
ただし、盛大に建物を変形させて自身を受け止めさせたのだろう。

「君のやる事はハデすぎだ。目立ってしょうがないだろう」

この場はロイの方が正しかった。


2人のやりとりを見ていた人物が1人、そっと姿を消していた。






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