第6章 「Starry night」ハロウィンの闇夜



 この日ばかりは、消灯時間が普段より1時間遅くまで許されるたった1時間の事でもうれしいじゃないか。
 学内は、寮主催の仮装パーティで盛り上がっていて、友人達も思い思いの仮装をしてパーティに繰り出していた。

だけど、エドは最初の乾杯だけで会場を抜け出していたのだ。
いつものように閉館時間ギリギリまで、館内閲覧の希稿書の世界に没頭していたのだ。
いつの間にか、外は真っ暗で人気もない。

公表されてはいなくても、仲間がある日突然姿を消せば不安にもなる。
学生達はなるべく団体行動をとり、自衛手段としていた。 
そんなご時世にうろうろしているのは、よっぽどの馬鹿か、自信過剰の錬金術師くらいなものだった。
仲間達は団体行動をすすめたのだが、エド本人がいやがったのだ。
だいたい、閉館ギリギリの時間まで図書室に籠もるなんて、誰も付き合ってはくれないだろう。
居たとしても、陸ぐらいだったが、今日はあちこちでパーティをしていて、彼もその1つに参加していたようだ。
まあ、腕には自信があったし、自分には錬金術があるのだ。
 うっかり何かあったとしても自分1人だけなら何とかなるにちがいないし、何かあろうはずなどない。
そう思っていた。
それに調査をするなら、一般の生徒を巻き込むわけにはいかないじゃないか。

ひたひたと、闇の中に潜みつつ、それはエドを狙っていた。


後ろに気を取られている間に、それは横に来ていた。
ポン!
肩を叩き、エドが振り返ると不気味に、にっこりと笑った。
たしか編入の時事務所で一度見た顔だ…

「こんな所に1人は感心しないな」

 たしか、なんとか言う事務官だったっけ。
 人様の名前を覚えるのは苦手だった。
 それが、ただ一回きりしか会った事のない事務官なら、なおさらだ。
 教師達が見回りを強化していると聞いたのでそれだと、迂闊にもそう思ってしまったのだ。

「すみません、すぐ戻ります」

 あわてて立ち去ろうとしたら、突然背後から殴り倒された。

「!」

 頭から、極彩色の星がいくつも飛んだ。
 
大佐に笑われるだろうな…
薄れゆく意識の中で思ったのは、情けない事にそれだけだった。




「おいっ、エドっ。こんな所で寝るなっ」

 頭の上から級友達の声が聞こえた。

「………えっ……」

「倒れてるんじゃねーの」

 ルームメイトのトーマスの声だ。
 彼が朝早くから、ドラキュラの扮装をしていた事を思い出した。

「具合悪いのか」

 そう言ったのは南瓜を巻き付けているコリンだ。

「エード、生きてるか」

 また死んでねえって。
声は出ないので、心の中でボヤく。
バサバサと衣服のこすれ会う音がするのは、みんな仮装したままのせいだった。

「お前、いつの間にか居ないし……随分探したんだぞ?」

 エドからの返事がないので、覗きこんだジョニーの顔が巨大に見えた。
 包帯だらけの友人の姿に、驚きはしたが。
 本当に、助かった。

「立てるか」

 手分けして探してくれていたらしい。

「ミュラーがこっちの方へ歩いてくの、見たっていうから…」

 気にしていてくれたのだ。

「誰…か居なかったか?」

 さしのべる手

「誰って…何かあったのか?」

 エドの他にも寝てる奴がいるのか、とでも思ったのだろう。

「い…きなり、襲……われた…」
「なにおっ…だ・誰にっ!幽霊かっ?」

 バッ!一瞬のうちに戦闘体制に入るあたり、ここが士官学校だった事を思い出させる。
 学友達は、ゆっくりと辺りを見回したが、すでに誰もいなかった。
 狼男の格好をした毛むくじゃらのトーマスの手を借りて、ようやく立ち上がる。

「あぁ……まだ、くらくらするな……」

 躯中がダルかった…

「エド、お前でっかいタンコブが出来てるぜ?幽霊って腕あるのか?」
「痛ってぇ…コリン…触るなって……」
「幽霊じゃなく、変質者じゃないのか?」

 ダンまでそんな事を言う。

「エド、綺麗だもんなぁ!」
「本当っ」

 誰が女の子のように、ちっこくて可愛いだとぉ…

「コリンお前達っ…馬鹿言う…な……」

 声を出したせいで、頭痛が酷くなる。
 正常な状態のエドだったなら、全身鳥肌がたっていた事だろう。
 襲われてから、たいして時間はたっていないようだった。
 エドを探す友人達の姿を見て、逃げたのかもしれない。
 トーマス達が迎えに来てくれたから、助かったのだろうと思う。
 もしかしてかなりヤバかったのか?

「真っ青だぞ!医務室行こう。歩けるか?」
 意識だけはかろうじてあるのだが、極度の貧血のために目の前は真っ暗だった。
 何処を歩いているかは問題外で、支えてもらわなければ、立つて歩く事もできなかったに違いない。

「さんきゅ…」





 校医には仲間達が報告してくれたので、薬で少し体調が良くなった所に2・3質問された程度だった。


 一眠りした頃、ロイが見舞いにきていた。


「あれ……」

 いつもの、白いシャツとベストにネクタイという出で立ちではなくて、黒のスーツに身を包んだ姿にまず驚いた。

「その格好…」
「ハロウィンだろ?」

 椅子にかけられた黒いコートというよりマント?といった質量のモノから察するに…吸血伯爵にでも扮していたのだろう。

「エドだって、かわいい耳と尻尾がついていたんだって?」

 その姿、ちゃんと見たかったよ。とロイが言う。

「あんた、居なかったんだろ」
「ちょっとセントラルに戻っていた」
「何かわかった?」
「たいした事は…それより、貧血、だったんだって?」
「ああ……同室の奴らが迎えに来てくれなきゃあ、朝まで庭でぶっ倒れていたかも……」

 それですんだかどうかは定かではないけれど。
そういう今も血が足りず、医務室のベッドから上半身起こすのがやっとだ。
重ねた枕に沈むほどに。

「ヘタすりゃミイラで発見か?笑えないぞ。相手は噂の吸血鬼かね?姿を見たのか?」
声色からロイの感情はのぞけない。
ベッドのふちに浅く腰をかけ、右手でエドの首筋に指を這わせる。

「歯形はついてないようだね?」
「…歯形って何だよっ」
「それは………」
「吸血鬼だと?知ってたなら教えとけ〜!」

 恨めしそうにロイを見る。

「はは……私もさっき知ったばかりだ」

実害の報告は、今日がはじめてなんだよ?
 冷静に淡々と告げではいるが、顔は笑っていない。

「600か800t盗られたんじゃねーの?医務官に増血剤を打たれたよ。今晩はお泊まりだ。」
「大丈夫か?輸血はしてくれなかったのかい?」
「それほどじゃないそーだよ」

 軍医の言った事を信じているのか、はたまたロイに心配をかけたくなかったのか、意地をはっているのかはわからなかったが、エドはそう言った。
 実際の所、血液のストックが不足していて、事故にあった生徒に供給できるものはなかったというのが正しい。

「明日の朝、動けるようなら部屋に戻っていいそうだ…」
 まだ、ふらふらするよ。
 トン、とロイの背によりかかる。

「ちくしょー覚えろ、5倍にして返してやる!」
「幽霊にかみつく気かね?」
「想像するとスゴそうだが…見てみたい気もする」

と、楽しそうに言われると、本当に噛みついてやりたい気に駆られる。

「相手ってホントに幽霊なのかよ?」
「さぁ………?どうだろう」
最後に会ったのは事務官で…でも別の方角から襲われたような…。
 それに、エドを殴り倒したあの腕は……
「そっちは私が調べるさ」
「幽霊と吸血鬼は同一犯なのか?」


「違うのかもしれないな」

 ポツリと、ロイはそれを口にした。
 どうにもつじつまが合っていないような…パズルのピースがかみ合っていない気がしたのだ。
 事件は1つでないのかも知れないし、犯人が複数で個々に動いているかもしれない。

「血液集めて、何を作る?」
「えっ」 

何を作っているかではなく、エドなら、錬金術師なら何を作るかとロイは聞いてきた。


「俺なら………そうだな、合成獣とか…人工生命体かなぁ…?」

 それ以外の材料は保管庫にいけばいくらでもある。
 実験にはいい場所だった。

「吸血鬼はいつから出てるんだっけ?」
「3週間前、ぐらいじゃ…」
「ホムンクルスってさ…1ケ月ちょっとで成体だっけ?やった事ないんで正確にはわかんないけど…」
「俺もナイからわからん…おい、試しに作ってみるなんて言うんじゃあ…?」
「やだね。面倒くさい」

 お偉いさんにでも聞かれたら、かなりヤバイ話をしている気がする……他人に聞かれたら不味い事この上ない。
 幸い、医務官は席を外していたし、あたりに誰もいない事はロイが確認済みだ。
 お互いに錬金術師だという親近感みたいなものもある。価値観が似ているのも仕方がない。ついつい学者馬鹿になってしまう。
 それでも一線を越えないあたり、軍の犬でいられるゆえんなのだが。

「幽霊に吸血鬼、もしかしてまだ何か居るのかな?」
「この上ゴーレムやグリフォン登場!なんて言わないよなぁ?」
 最悪の事態を考慮するつもりはなかったが、あらゆる可能性とやらは考えておくべきかと思うのだ。

「うむ、何が出ても不思議はなさそうだぞ?」

 覚悟だけはしとく?
 ナニしにこんな所へ来たのかと思う。



「賢者の石は?」
「出て欲しいが……どうかな」







前の項・次の項