第10章 幻覚の茶会 





見覚えのある上級生がミュラー・ブレリオを取り囲んでいた。
「何してるんです?ブレリオ先輩」
「エドか・・・」
「お前は・・・」
 チラリと見わたす。
以前エドにも絡んできた事のある面子だった。軍のお偉いさんの不肖の息子と、その取り巻きの皆さんといった所か。
「丁度いい、君も招待しよう」
ありがたく思えとばかりに命令してくる。
「招待?」
「お茶にご招待してくださるそうなんだ」
 困ったようにミュラーが言った。
「は?」
マレインの居所がわからなくて、あちこち捜していたら、彼らが接触してきたのだという。どうやら彼らの所にマレインが居るらしいので、行くしかないと思っているというのだ。
うさんくささ倍増なので、遠慮したかったが、ミュラーを1人で行かせるわけにもいかない。


3年生用の第6寮は、彼らの溜まり場になっていた。通称貴族館。もっとも、そこに居住する先輩達は、優雅さの欠片もない方々ばかりだったので、一種の特権階級だという事だけだ。
高級茶器と、ハーブ茶、そして先輩達の自宅から送られてくる菓子をかこんでの茶会になったわけだ。
普段口にする事のないような高級茶葉なので、このような場所と顔ぶれでさえなければ、楽しめたのにと思う。
「じき、ドレル君も来るから・・・」
 そう言われると帰るわけにもいかない。と、言うよりミュラーが帰ると言わないだろう。
他愛ない話から、軍にいる家族の自慢話までを聞かされながら、お茶が提供される。
それに、仮にも先輩達が注いでくれるお茶だ。飲まずには帰してもらえそうにないだろう。
ミュラーが口をつけようとしたので、あわてて一口含んだ。
付いてきたからには、毒味は自分の役目だと思ったからだ。
一応、フレーバーティのつもりのようだ。
甘い香りが、胃の中にまで染み渡る気がする。
横目で連れを見ると、みな平気な顔で妖しげな茶を口に含んでいる。1人だけ辞退して、自分の部屋に戻るわけにはいかないようだ。
2杯目を口にした時、マレインが姿を現した。
「あれ?ミュラーも来てたの?」
うれしそうに駆け寄る。
当然のようにミュラーの隣に座り、お茶を入れてもらう。
「このお茶、おいしいよね」
気分が悪くなる様子もなく、何杯ものお茶を飲み干す。
至れり尽くせりと言うのか、なくなると、すぐに替わりが継ぎ足されるのだ。
「このところ部屋にいないけど、先輩達に迷惑をかけているのではないの?」
「酷いなぁ、そんな事ないよね」
マレインは慣れたように先輩達に笑いかける。
「もちろんだ、いつでも歓迎するよ。レヴィン君も」
「いや・・・僕は・・・」
「まぁ、遠慮せずに」
遠慮したいというか、実の所こんな所1秒だっていたくない。
これも情報収集の一環と割り切ってはいたが、
お茶の味も、嗅ぎ慣れてきた香りも、危険信号を出し続けているのだ。
エドにしてはもの凄く我慢して、注がれたばかりの杯の茶をあける。
「お茶は気に入ってもらえたかな?」
「はぁ・・・?」
3年生達は、わくわくとした感じで、エドとミュラーの表情を伺っている。
そりゃそーだ。
お客の具合が悪くなるのを待っているのだ。
マレインは心持ちトロンとした表情をしている。
「何・・・でっ・・・」
立ち上がろうとして、エドがよろけた。
「大丈夫か?」
支えるように、上級生が手をさしのべてくれる。
「気分が悪くなったのか?」
「隣の部屋で休んでいくといい」
親切なんかじゃない。
下心というか、スケベ心全開だ。
隣室の扉を開け、ベッドに横になるように進めながら、エドの身体に触れてくる。
ざわり、と
悪寒が走る。
「何を・・・」
 腰に回した手がエドの尻をなでていた。
「この手はっ・・・」
「すぐに、気持ちよくなるよ」
『なるかっ!』
きつく睨みつけるが、相手はおかまいなしにエドの身体をまさぐり抱きしめていた。
「ぎょえーーっ」
思わず大声を出し、先輩を突き飛ばしていた。
「エドっ!」
奇声に驚いたミュラーが飛び込んできた。
「エドっ」
「ぐ・・」
吐きそうだった。
何でこんな所で、万年発情期野郎にケツを触られまくらにゃならんのだっ!
「大丈夫か?」
「ゴメン・・ブレリオ・・・先っ・・輩、何か・・・吐き・・そう・・・」
「そ、そりゃあ大変だっ」
「えっと・・・」
予定と違うエドの反応に、上級生達も驚いていた。
「お茶があわなかった・・・のか、体質か?」
 などと言うのだ。
一服もっておいて、それはないだろう。
もう少し我慢しているつもりだったのだが、幻覚剤やら麻薬は何とか凌げる予定ではあったけれど、変態は慣れていなかったのだ。
 
「すみませんが、こんな状態ですので、つれて帰ります」
ミュラーの決断は早かった。有無を言わせず、エドとマレインを連れ出すことに成功した。





「麻薬入りのお茶・・・だったのかね?」
訪ねてくるなり、風呂に立てこもったまま出てこないエドを、心配して声をかける。
お茶会から、まっすぐアレンの部屋に直行したのは、彼の部屋なら周囲の目と時間を気にせず、思う存分風呂を使えるからだ。
ここまでエドをつれてきてくれたミュラーには、自分があずかるからと、引き取ってもらっていた。
今頃、彼はマレインにはりついている事だろう。
「阿片程度がきくかよッ!」
風呂の中から怒鳴っていた。
普通はキクんだよ。そうロイは思ったが、相手が彼なら普通じゃない。
エドは錬金術師なのだ。やろうと思えば、麻薬の精製など片手間に出来る。効かなくて当然といえば当然なのだが・・・
 
「何も・・赤むけするほどこすらなくたって・・・・」
よほど悔しかったのか、涙目になっている。
「あんな奴らに触られるなんてっ!」
背を向けたままの恋人を、ロイは黙ってエドを抱きしめた。
頬に触れ・・・そっと唇を奪う。
「んっ・・・・」
軽くふれながらも、だんだんと深く舌を絡めていく。
赤くなった尻をかかえて。
「私に触れられるのは、嫌じゃないだろう?」
そう言ってやると、エドは頬まで、真っ赤に染めていた。
「んっ・・・・もっと」
唇に頬に首筋にと、沢山のキスを落とす。


「失敗した」
「えっ・・・何が?」
「あまりの気色悪さに・・・調査だって事忘れてた」
どうしよう?上目遣いにロイを見つめる。
「・・・何て事を言うのだね。調査は私の仕事だ。君は学業に専念したまえ」
「だって・・・」
「エドに触れていいのは、私だけだ」
 きっぱりと言い切るのが、エドにはうれしくて…そして少し恥ずかしかった。
「あっ・・・えっとぉ・・・」
「安心しろ、君の先輩達の件は処理しておくから」
「まさか…・・燃やすんじゃ………」
「さぁーーーーね」
言いながら、軽くウインクした。








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