第2章 エド
「だーーーっ!」
「すっげー」
中央の教務課の前の掲示板には、試験結果の張り出しを見るべく、入れ替わり立ち替わり生徒達が背伸びをしながら順位を確認しあっていた。
「おれにも見せろよー」
「痛てっ…押すな」
後ろの方にいると、書いてある字なんぞ見えないのだ。
「中間試験のトップ、誰だと思う?」
「ロマリア女史じゃねぇの?あの前回主席」
「それとも、優等生のロバートかっ?」
後から来たエバンスは、張り紙が見えないのでそう答えた。今までの例からいって1番から5番までは常連達だ。
「どっちもハズレ!」
「へ?じゃ誰だよ?」
「編入生だよ、あの東からの」
「えええぇっーーー」
「レーエか?」
めずらしい事にエドウィン・レーエは、東の士官学校からの転校生だった。普通ならありえない…だから、よほどマズイ事をやらかしたのだろうと、もっぱらの噂だった。
無断外泊、麻薬に女、それとも傷害か殺人。考えられる理由としてはそんな所だろう。
息子が放校では対面にかかわる、軍のお偉いさんが親なのかもしれない。困ったあげくが東から西の学校へのスライドだ。誰もが、そう思っていた。
だから、そのエドの成績がいいなんて事、あり得るはずがなかったのだ。
「どーした?何かあったのかブレン」
「何かじゃねぇー、何だよこの結果!」
張り出しを指さして見せた。
群がっていた生徒達も、トップのエドの姿を見て、掲示板の前を開けてくれた。
「ありゃぁー」
やった!でもなく、そんな発生だ。
成績が良いのに、何か事件に巻き込まれて惜しまれてここへ来たに1票。と、言ったのは誰だったっけ。
「ちくしょ〜〜」
単純に悔しがっている者から、賭けを思い出してほえている奴もいる。
「誰だ、ンな事言った奴っ………」
必死になってオッズを思い出している。
「すげぇなエド」
そう言ったのは、エドと同室のチャーリーだった。
夜遅くまで勉強していたのは知っていたけれど、これほど優秀だとは思わなかったのだ。
「あー、びっくりしたよ」
どうやら、本人が一番驚いているらしい。
「思いがけなかったってか?」
「ああ…」
「戦略軍事学のリポートはスレスレだったはずだ。これでトップという事は軍事史や防衛論、戦術・戦技訓練、基礎錬金術とか、いーせんいったんだろうか?」
指折り数えて、思いおこしながら確認している。
「お前なぁ〜」
「いいせんって、何だよぉ」
この季節はずれの転校生がいい奴なのはわかった。試験勉強では随分世話になったし、意外に真面目で面倒見もいい事を知っている。おまけに、凄く優秀だ。
できすぎるのも、少々問題があるような気もするのだけれど。
暴力沙汰を起こすようには見えないが、結構短気なので、もしかするとそれが災いしたのかもしれない。
金色の髪、金色の瞳の小柄だけれど妙に存在感のある少年だ。
よくも悪くも目立つ存在といえる。
いつものように、時間いっぱいまで図書館で過ごして部屋に戻ると、ルームメイト以外に同じ班のトーマスがエドウィンを待っていた。
それも、えらく機嫌がいい。
「俺を待っていたのか?試験は終わったし…・・まさか、追試?」
「こらっ、何て不吉な事を言うんだ。お前に教わって追試になるわけないだろう」
「そりやぁそーだな」
じゃあ、何の用かと思ったのだ。
「礼をいいたいんだ」
「えっ?」
「成績が上がったんだって」
教えてくれたのは同室のチャーリーだ。
「そりやぁあれだけ頑張って勉強すれば当然の結果だろう。よかったじゃないか」
「エドのおかげだよ。ホントに感謝してる」
ルームメイトのコリンも、あらたまって礼を言った。
「そうさ、エドが教えてくれたから」
一番エドに迷惑をかけたダンも、うれしそうに返された答案を見せる。こんなにい
い成績ははじめてなんだ、と。
「それより、おかげで臨時収入が入ったんだ」
すまなそうにチャーリーが言った。
「賭けていたのか?」
同期の成績の順位を賭けて何かやっていたのは知っていたが、よもや自分が賭の対象になっていようとは思わなかったのだ。
「そうさ、お前に賭けて大正解!」
バンバンと背中を叩かれる。
「はぁっ?俺に?何でまた………」
「そー言われると困るけどさ、当たるはずないと思ってたもんで…」
どうせハズレるとふんで、適当に賭けたのだという。
「おかげで大もうけしちゃったんだ」
「でもさぁ……こんな持ち慣れないモン持ってるとドキドキするんで、さっさと使っちまおーって、話してたんだ。」
「はぁ…」
「だからさ、今から飲みに行こうって!」
コリンが代表で言った。
「みんなでさ!」
「えっ?え――――っ」
週末に外出許可を取っての買い出し以外に、外に出るなんて事は、思いもしなかったのだった。
見回りの合間をはかり、塀を乗り越えたりと、規則違反のオンパレードでだ。
軍関係なのだから、もっとお堅いものと思っていた自分が馬鹿だったのか…
「この手の寮は、何処も同じだよ」
ふふんと笑って、アレンはそう言った。
守衛の見回りの時間をチェックし、夜中に寮を抜け出して、街へ遊びに行ったりという事を、まさか臨時講師とはいえ、職員側とやる事になるとは、ケリーは思ってもみなかったのだ。
「センセー1人なら、堂々と出られるんじゃないの?」
「週末じゃあるまいし、生徒つれて出られんだろう」
意外にも、ケリーが一緒に出かけるというのが前提らしい。
もしかすると、自分のために無断外泊をしようと思ったのか。
ちょっと感動していた。
いっしょに飲みに行こうと言われた時は驚きはしたが、実戦方法に至っては、あきれるしかなかった。
「どうした」
「慣れているなぁ、と思って」
「…ん、まぁな……」
ここに来る前に用意した物の中に、建物全体の建設当時の図面、及び増改築にかかわる図とすべての配線図があった。
おかげで、現在の職員ですら知らない地下通路やらを自由に動く事ができるのだ。
当然、その中には校舎の敷地外へ通じる死角などというのも、存在する。
敵地潜入よろしく、こそこそと出入りしているというのは、ちょっと後ろめたい気もした。
だからと言って堂々と大木をよじ登り、壊れかけた塀の下をくぐり抜けるなんて事、見とがめられたりしたら、何と言い訳したらいいのかは考えたくはなかった。
街中にある「翡翠の獅子」という居酒屋で、アレンの入れたボトルを片手に…メニューの端から端まで食べるかという勢いで注文を入れてやる。
他人のサイフの中身なので、気にせずガツガツ食べた。
蟹や揚げだし豆腐、そして鮭といくらの石焼きとゃんちゃん焼き、ポテトとベーコンのバター炒め、海鮮陶板焼、イカソーメンに開きホッケ、八角ルイベ、蟹入り茶碗蒸しにザンギ等、欠食児童よろしく食べまくった。
「まさか……ここの学生だった、とか言わないよね?」
「東部の出だ。これでもな」
細いわりに結構食べていた。
学生食堂のメニューは、軍の食堂の料理と代わり映えはしない。美味しいという事はないが栄養と最低限の体力維持だけは保証されている。
ここ数日、調査に夢中になってたアレンが食べはぐれていた何て事は、ケリーは知らなかったのだけれど。
「なんだ、一瞬先輩なのかと思っちゃったよ」
「はは……」
内心、アレンがドキドキしていた事など知るよしもない。
「大学院の寮もこんなだぞ。規則は五月蠅いし監視は厳しい。学校なんぞ、どこも同じだと思うが」
「なー俺の海鮮サラダとイカゲソソース焼きそばま〜だ?」
すぐ後ろで少年の声がした。
料理を運ぶ店員をつかまえて料理の催促をしている。
「あれぇ……」
2年の、エドウイン・レーエだった。
抜け出していたのは僕たちだけじゃなかったようだ。
しまった!と思ったのは相手も一緒だ。
あわてて、周りをきょろきょろと見回している。
「何きょろきょろしてんだ?」
ケリーが聞くと、
「いや、先生とか居たらマズイじゃん」
と、言ったのはエドゥィンだ。
「居るだろう、ここに」
新しく運ばれてきた料理を両手にもったアレンが突っ立っていた。
威張る所じゃないだろう。
ケリーとエドはそう思った。
「あんたは別。連れもいるようだし、まさかチクらねぇよな?」
金髪の転校生が、上目使いにこちらを見る。
抜け出したのがバレたら困るから、絶対言えない。と言ったのはアレンだった。
「何だってここに?」
「試験のお祝い、かな?」
どうやら、クラスの仲間達何人かで来ているようだ。
トップがだれか賭けていたので、その結果の本人への還元もかねているらしい。
誰しもこんな結果になるなどとは、夢にも思わなかったとも。
当然エドに賭けたのは、結果なんぞどーでもよかった同じ班の2人だけだったので、大穴中の大穴になってしまった。
賭けた連中でさえ驚いている始末だ。
「君がトップか?」
意外そうに訪ねたのはアレンだった。
「何だよ、悪いか?」
「いや、失礼。いっぱい食べて大きくなってくれ」
そう言って持っていた『ザンギ』と『ほっこりサトイモのゆかり揚げ』の皿を差し出した。
「誰がウルトラ・どチビだっつーの!」
一応、気にしているらしい。
転校生は、顔を真っ赤にして怒っていた。
「嫌なら…」
「いや、これはもらっておく」
言うなり、皿をひったくって自分たちの席へと戻っていった。
「返せなんて言わないのに……」
そう言いながら、エドウィンを見つめる黒曜石色の瞳が、思いがけなくも優しいものだったのは、錯覚だったのだろうか。
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