第3章 令嬢・ライア





誰が何をもって始めたものか、この忙しい中、合同コンパが開催される事になった。
いや、主催は一応寮長達なのだが。
寮の交際費の他、参加する候補生達から会費を募って、お茶葉や珈琲豆、女性の喜びそうなお菓子やら、サンドウィッチやスコーン、チョコレートも用意された。
メインはもちろん生徒達だが、若いという理由で講師のアレンも参加の運びとなる。
もちろん、ちゃんと参加費は払わされた。
これだけ人が集まっていれば、おもしろいうわさ話も聞けるかも知れない。そのへんを期待しての参加だ。
寮長のミュラーも、女の子達と話はしているが、ほとんどは側にいる下級生とだ。

「寮長と一緒なのは誰だい?」
「ああ、彼か」
「1年のセシル・ドゥラン、ミュラーの同郷なんだってさ」

ケリーが教えてくれた。

「ぱっと見、似てるけど親戚とか?」
「ミュラーに親族はいないよ。偶然だろう」

同族なのかもしれないと思った。
周りを見回すと、銘々、気になる異性を見つけ楽しそうに話込んでいる。
その中でも人気は、今回成績トップのエドウィン・レーエだ。
金髪、金色の瞳と、容姿も問題ない。
足りないのは背丈だけだったが、それほど小さくもない。
卒業までには、見違えるような背丈になるだろう。
親族の後ろ盾というものはなさそうだったが、この成績ならば自分の頭と行動力だけで出世間違いなしだ。
お買い得な彼の周囲には、人垣ができている。

「次回は負けないわよ」

今期の2位に甘んじたロマリアが言った。
短い黒髪に茶色の瞳の女の子だ。

「今回はタマタマだよ、自分でもびっくりしてるんだから」
「また、そんなぁ……」
「謙遜すんなよっ」

エドのクラスメイト達がちゃかしている。

「本当だって……あんまできなくってさぁ……」

決まり切った設問への回答は本当に苦手で、用紙を埋めるのに苦労したのだったが、偉ぶらない様子がまたいいと、エドの人気は鰻登りだ。
たまに、こんなにもてるのも悪くはないのだが、慣れない事に戸惑っていると、自分ではなく別の人物ばかり見ている少女に気がついてしまった。
彼女はその人物を見、頬を紅色に染めていたのだ。
目線の先は

『やーっぱり、な』人物。

だけど少女の反応が、初めてあったカッコイイ先生相手のものではないような気がしていたのだ。
 アレンも気がついていたのか、その女子生徒に声をかけた。

「どうしたんだい?楽しんでいないようだが…」

ここはお約束とアレンが声をかける。
 
「アレンという名前なんですか?」
「ええ、トーマス・アレンです」
「本当に?」

藍色の瞳が真剣にアレンを見すえていた。
彼女はきょろきょろと辺りを見まわし、会話が聞こえるほど近くに人がいないのを確認した上で…
蚊の鳴くような小さな声でこう言った。

「私っ………去年の軍の大式典、行ったんです。」

セントラルで催された、佐官以上の軍人とその家族のみが出席のパーティの事だった。
その時、父親に強請って紹介してもらったのだと。

ロイ・マスタング大佐を。

「…………」

言われてロイは思い出していた。
ブレヴィス中将閣下のご令嬢だ…
迂闊だった。
そう言えば、士官学校に在籍中と言っていたな……。
ロイの従兄弟ですと、誤魔化そうかとも考えた。
けれど、

「レディ・ライア」
「はっ、はいっ」

突然名前を呼ばれて、彼女も驚いていた。
そして、覚えてもらえた事に口元を綻ばせる。

「この件は2人だけの秘密にしてもらえるとうれしいです」

少女の右手をとって口づける。
ロイのお願いに、

「お仕事ですの?まさかあの事件……貴方が直接調べるほどのもの……?」

令嬢も事件の事は気にしているようだった。

「すみません。今は何も言えません。後日必ず」

正面から令嬢を見つめて、艶やかに微笑む。

「…すみません……お仕事の邪魔をしてしまいました…」

仕事の邪魔をして、ロイに嫌われたくないと、それだけを少女は思っていた。
不安そうにロイの顔を見つめる。

「いえ、美しい方に再会できました」

耳元で、囁くように告げる。
気にする事はないと安心させ、私の事は父上にも内緒ですよ。ねっ、とダメ押しをする事も忘れない。
半端放心状態だった。
ロイが立ち去った後も、彼女は壁際から離れなかった。
動けなかったというのが正しい。

「ここでタラすなよ」

エドのぼやきも最もだった。

「ブレヴィス中将のご令嬢だ。前に会ってる」

小声でそう告げる。

「バレたの?」

ヤバイじゃん。

「沈黙を、約束していただいたよ」

慌てるエドの口に、ロイはチェリータルトを放り込んでやった。
もぐもぐと飲み下してから、

「彼女、もしかして腰抜かしてんじゃない?」
「挨拶しただけだぞ?」
「唇にキスでもしたら、孕ませられそうだね」

ボソリとエドが言た。
さすが大佐、と言うべきか等と感心している。

「馬鹿を言うな…」

苦笑いをする。


 エドの前で、女性を口説くつもりなどないのだから。






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